大きな声では言えないが

 ここを見ている皆さんはもうお聞き及びでしょうが、国書刊行会からジェイムズ・ブランチ・キャベルのマニュエル伝が(とりあえず)三作訳出される予定です。翻訳するのは中野善夫さん・安野玲さんのお二方および不肖わたくしであります。藤原編集室通信(出張版)によれば、2012年頃わたしはマニュエル伝の面白さについて藤原さんに熱弁をふるったらしいのらしいのですが、何を話したのか実はあんまり覚えていません。前世紀の終わりころ赤坂見附の「ですぺら」で、今は名古屋で古書転蓬なる一癖も二癖もある店をやっておられる方など相手に「マニュエル伝というのはつまり『うる星やつら』なのだ!」と熱弁をふるったのはかすかに覚えています。『幻想と怪奇』の第二号に載った「月蔭から聞こえる音楽」を読んでその素晴らしさにひっくり返ったのは高校一年のときですから、思い起こせばキャベルとのつきあいも長いものです。

 今回のわたしの担当は"Something about Eve"という作品です。これがいかなる作品かは、あれこれ言葉で申すよりもフランク・C・パぺの挿絵を見ていただくのがてっとり早いでしょう。ちなみに今回の国書版選集では中野善夫さんに貴重な蔵書を提供していただき、このパぺの挿絵は(版権さえクリアできれば)全点収録される予定と聞いています。

 ではまず仲の好さそうな二人が連れ立って暗室に入っていくところ。いったいこの二人は暗い部屋のなかで何をしようというのでしょう。

 よく見るとこの扉の上部は何だか妙な形をしているではありませんか。

 さらに左右の垂れ幕にもなんともいえぬ模様がついています。

 気を取り直してもう一枚。見るからに意地悪そうな女性がフライパンで何か揚げています。何の料理なのでしょう。拡大してみましょう。

 アッこれはなんだ! 

 藤原カムイの初期作品にこんな場面がありましたね。それはともかく、こんな挿絵があるためにこの作品は中野さんや安野さんに敬遠されたのかもしれません(もっとも挿絵と本文はそれほど密接にリンクしているわけではありませんが)。それでわたしにお鉢が回ってきたのかもしれません。わたしはといえば、大きな声では言えませんが、実はこういうのはけして嫌いではないです。むしろ大好きといってもいい。