Hoaxへのいざない

 本書におさめられた13のトピックのうち、イギリスの話が4つ、フランスの話が2つ、そして残りの7つがアメリカの話だ。それぞれの話には、それぞれのお国柄があらわれていて面白い――たとえばイギリスの4話のうち3話までが偽物の話だ。偽のシェイクスピア手稿。偽の台湾人。偽のロミオ。残る一話は時代の好尚にたまたま合ったため、大詩人の座に祭り上げられてしまったある善良な男の話。どれも広い意味でのスノッブ、つまりエスタブリッシュメントを目指す人々の話といえよう。

 フランスの2話は狂気にまでいたる何らかの理念の追求――音階言語と未知の放射線――で、バルザックの「絶対の探求」を思わせるものがある。

 しかし何といっても、読んでいて文句なしに面白いのはアメリカの話だ。ミシシッピーの大パノラマ、地球空洞説、とてつもなく大きな葡萄、大地下鉄計画などなど、この国の国民性が最良の形で出ている気がする。シェークスピア偽作者やロミオ役者には「いいかげんに止めたら?」と言ってあげたくなるが、これらアメリカの人々には「もっとやれ!」と応援したくなるのだ。

 誰もが興行好き、ホラ話好き、通俗科学好きで、「いままで誰もやったことがないことをやってやろう」と思っていて、大仰なものが現われると少々インチキ臭くともブワーっとお祭り騒ぎにして盛りあがれる国民性はまことに好ましい。

 ポーやメルヴィル、あるいはマーク・トウェインみたいな人たち、あるいは黄金時代のアメリカSFは、こういう土壌がないと育ちようがないと思う。地下鉄の話のラストシーンはまるでSFみたいなセンスオブワンダーだし、あの日夏耿之介さえも、その「ポオ小伝」のなかで、ポーに霊感を与えたMoon-Hoaxとして、本書最終章に登場する人騒がせなリチャード・アダムズ・ロックについて触れているほどだ。


「月かつぎ」といふのは、一八三五年中の「紐育サン」でリチャアド・アダムズ・ロックといふ男が発表した有名な偽報告で、英国の大星学者サア・ジョン・ハアシェルが喜望峰で観測中に驚くべき新発見を月中に致したと主張したもので、一時は一般の民衆は勿論のこと、専門の科学者までが如何にも尤もらしく拵へたそのからくりにまんまと一杯喰はされたものである。


 そして本書のもうひとつの楽しさは、訳者の山田和子氏が訳者あとがきで書いている次のポイントにあると思う。「(本書に出てくる)"有名人”たちのあまりの多さに、私は当初、それぞれ簡単な説明を加えた登場人物一覧を作ろう(そうすればコンパクトにして有用な一九世紀英米コンサイス人名事典ができる!)と目論んだのだが、これは編集サイドから『そんなことをしたらとんでもないことになります』とあっさり却下された」――つまり本書を読むことによって、いわばボルヘスのアレフを覗くような、「とんでもないことになる」眩暈に読者はさらされるのである。