奇妙な痕

 

 
 待ちに待った『怪奇文学大山脈II』が出た。西崎憲氏大活躍の巻である。翻訳者の末席を汚したため一足先に送ってもらったのだが、届いたその日に読み上げて、それはもう至福の境地、というか、「渇を癒す」境地に浸った。ああやはりこういう話はいいものだねえ。いまさらだけど。
 
 ところでこのアンソロジーの一つの特色として、作品そのものに劣らず物体としての「本」にこだわっているところがあげられる。初出雑誌や初刊本の書影がこれでもかとばかりに収録されている。そのおかげで、これらの作品を、それらがはじめて世に現われたときの雰囲気ごと追体験できるという功徳がある。だが一方、読んでいるうちに、ついAbebooks.comなどを開いて、当該本をポチりたくなるという危険もある。
 
 作品にしても、癖玉揃いで、奇妙奇天烈な話ばかりだ。なにしろ集中では、平井呈一翁が訳したA.E.コッパードの「シルヴァ・サアカス」が一番普通の話に見えるくらいなのだから、他の作品の変てこりんさは推して知るべし。それでいて本全体としても一本筋が通っている。掉尾を飾るベネット・サーフ「近頃蒐めたゴースト・ストーリー」がまた、短めの実話風怪談がスターズオンみたいな感じで次から次へと繰り出されて良い味を出している。こう続けざまにパパパッと出されると、なんだか車に酔ったような独特の酩酊感がある。
 
 それはそうと、目が釘付けになったのは、本書398ページの、ベリズフォード『サインとワンダー』の書影だ。
 

 
 上の画像を見ていただければおわかりのように、真ん中に奇妙な痕がある。画像では分かりにくいが、この「痕」は本にもとから印刷されていたものではない。後から捺されたものだ。おお、とこれを見て思いがけず旧知に出会ったような気になった。何を隠そう、同じく奇妙な痕のある本が手元にあるのだ。
 

 
 たぶん今これを見ている諸兄諸姉のなかにも、同じ奇妙な痕を持つ本を所持しておられる方がいらっしゃるのではないだろうか。さすがにこんな痕を持つ本はネット古書店で検索してもたぶん見つからないだろう。自分の足を使って根気よく洋古書店を探すしかない。もしかすると今でも店頭均一本のあいだにひっそりと隠れているかもしれない。ふおふおふおふお。