狩野亨吉ってロ○○○

安藤昌益

安藤昌益

 ここで教えてもらった小林勇『隠者の焔』を三冊五百円のガレージセールで拾った。取るものも取りあえず表題作「隠者の焔<小説狩野亨吉>」を読む。

 狩野亨吉の死後、遺された蔵書の整理を行っていた作者とその友人は、大変なものを発見する。丹念に彩色された、五百枚にわたろうかという秘戯画である。脇にかかれた台詞の筆跡からして、亨吉自らが書いたものに違いない。

 「……男女の舌のからみ合い、表情がうまくあらわされているように思われた。ちらばっている紙の白さや、陰部の色、流れ出した多量の液の形や色が、着物の腰巻の色彩の中に、鮮やかに浮き上がっているし……恥毛は鉛筆を細くけずって、たいへん微細に描いて、縮れた工合をよくあらわした。毛を透かして白いふっくりしたあたりの感じを描いたのなども、見事といいたいくらいだ」。

 さらに小説らしきものを記したノートブックも見つかった。「ノートブックは三十冊近くあり、それには奇怪な文が綴られていた……ともかく、いろいろの物語めいたものが、五、六十或は百くらいあるらしいのである」

 作者は亨吉の手記を熟読し、Cなる女性の存在をつきとめる。そしてこれらの膨大な秘戯画や淫文は、なんらかの事情でCと結婚ができなかった亨吉が、彼女を追慕するあまり、四十過ぎに公職を辞してから死にいたるまで、余暇の大半を費やしてこしらえたものだ、と考えるにいたる。

 いやすごい。これが本当なら日本のヘンリー・ダーガーだ。作者からこの話を聞いた小宮豊隆が「ありがたくて先生から後光がさすようだ」と言ったということだが、激しく同感である。

 ところで、作中で亨吉自筆の手記なるものが引用される。それにはこんなことが書いてある。(原文は漢字カタカナ交じり。読みにくいので下の引用ではカタカナはひらがなに改めました。)

「実の所私は不惑の年に及んで初めて女性即ちCに対し初恋を催したのである。初恋は盲目的であるといふが私のは少し違ふ」
 
「今は唯成行にまかすより術がないのだらうか。唯時の到るのを待つより外なからうか。即ちCが三十になり私が六十になつても道は開けないだらうか(以下略)」(隠者の焔 pp.61-62)


 淡々と書いているから見落としやすいけれど(現に作者小林勇は「Cは看護婦と考えてよいように思う」と推察しているのだが)、上のデータだけから亨吉が「初恋を催し」た時のCの年齢が分かる。……うわあ、狩野亨吉ってロ○○○であられたのか……(もちろん「隠者の焔」は小説だから事実がそうであるとは限らない)。これはますますすごい、ほとんどダンテの世界だー