死とコンパス

ランプリディウスの伝えるところによれば、幼帝ヘリオガバルスはシリアの僧侶たちから「汝ビアタナトス(自害/自滅者)となるべし」と告げられたという。これを聞いたヘリオガバルスは深紅(インペリアル・パープル)と金を綯い合わせた綱をつくらせた。首をくくらねばならぬときのためである。さらには喉を突くための黄金の剣も、自らに一服盛るための毒物入りの宝石も用意した。皇帝にふさわしい死を遂げる準備にはおさおさ怠りなかった。

しかしこれら周到な配慮はすべて無意味になる。叛旗をひるがえしたかつての親衛隊に追われ、「恐怖に狂ったヘリオガバルスは便所の溝に一気に飛び込む。彼は汚物の中に沈む。それが最期だ。(ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (アントナン・アルトー著作集))」 ビアタナトスのβιαは暴力、θανατοςは死だから、これを原意どおりにとれば僧侶たちの言は成就したと言えないこともなかった。

それから千四百年ほどたって、ジョン・ダンは「ビアタナトス」と称する不思議な原稿を死後に遺した。すなわちこのたび奇特にも翻訳刊行されたこの本だ。一見自殺擁護の書とみえる「ビアタナトス」は、ボルヘスによれば隠された、おそらくは無意識の執筆動機があるそうだ。他でもない、「キリストは自殺した」と指摘することである。

「おそらく鉄はキリストの手足に釘を打つために創造された。そして茨は嘲りの戴冠のために、血と水は傷のために。こうしたバロック的な発想が「ビアタナトス」にほの見えている。自らの絞首台を創造するため全宇宙を創造する神という発想である」

こう書いたあとでボルヘスはフィリップ・マインレンデルを連想する。芥川が遺書で引用したあの哲学者だ。マインレンデルは人間は神の破片だと考えていた。神はこの世界が生まれたとき非在を望み自らを破壊した。そして宇宙の歴史はそれら破片の死の苦悶にすぎない。