そうだ、失楽園を書こう。

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

やがて哀しき外国語 (講談社文庫)

 
ジョン・コリア解説に使わなかった(使えなかった)小ネタ。

 それから僕は二十九になって、突然小説を書こうと思った。僕は説明する。ある春の昼下がりに神宮球場にヤクルト=広島戦を見に行ったこと。外野席に寝ころんでビールを飲んでいて、ヒルトンが二塁打を打ったときに、突然「そうだ、小説を書こう」と思ったこと。そのようにして僕が小説を書くようになったことを。
 僕がそう言うと、学生たちはみんな唖然とした顔をする。「つまり……その野球の試合に何かとくべつな要素があったのでしょうか?」
「そうじゃなくて、それはきっかけに過ぎなかったんだね。太陽の光とか、ビールの味とか、二塁打の飛び方とか、いろんな要素がうまくぴったりとあって、それが僕の中の何かを刺激したんだろうね。要するに……」と僕は言う。(村上春樹「ロールキャベツを遠く離れて」)

 
これとよく似た場面がコリアの「魔王とジョージとロージー」のなかにある。
今回翻訳を担当した中では、もっとも美しい場面だった。コリアが処女作を発表したのも二十九のとき。作風のまったく異なる二人が同じ啓示に打たれるというのはなかなかの奇縁だ。