オクターヴ・ミルボー自動車に乗る

また洋古書店に珍しいものがポツポツ出るようになった。どなたか蔵書家が手放されたのだろうか。それとも旧北沢の残滓なのか。
下の画像に写っている白い本は、一見ボナールのスケッチ集にしか見えないが、よく見ると下のほうに小さく"From Octave Mirbeau's journal 'La 628-E8'"と書いてある。なんとオクターヴ・ミルボーの英訳だ。『責苦の庭』とか『小間使いの日記』とかを書いた、あの人間嫌いのオッサンの本だ。こんな本が出ていたとは。
'La 628-E8'(1907)はミルボーが運転手付き自家用車でベルギー・オランダ・ドイツを旅したときの印象記。奇妙な題はナンバープレートの番号を表している。原本の225部限定版にボナールが描いた104枚の挿絵をすべて収録したのがこの英訳である。ボナール自身も自分で運転するほどの自動車好きで、ミルボーとは別箇に自動車旅行をしたときの体験が挿絵に生かされているそうだ。だから"Bonnard: Sketches of a Journey"という表題は叙述トリックすれすれだが、完全にウソというわけでもない。
しかしながら、肝心のミルボーの文章は、英訳では完全に絵の添え物、キャプションに毛の生えたみたいなものとして扱われている。おそらく全体の三分の一も訳されてないと思う。ただその分ミルボーの毒気や脂気が抜かれ、レイアウトともあいまってお洒落になっているのがなんだかおかしい。
もちろんミルボー先生であるから、どこに行っても不平ばかり言っている。そこにリアリティがある。若いときならいざしらず、中年男の旅行などはこんなものではなかろうか。なんだかヨーロッパに行ってみたくなったよ。
 
↓ボナール描くところの、沢野ひとし風ワニ目運転手