恐怖の亜利夫総攻め

「小説推理」といえば、業界のご意見番佐野洋が「推理日記」をたんたんと連載していたりする老舗ミステリ雑誌である(なぜか倉阪さんの『42.195』がひどくお気に入りのようで今月号でも槍玉にあげている)。しかしながら、来月号を開く読者は、そこにきっと名状しがたい文章を見出すことであろう。

 ・・・しつかり抱き合いながらも亜利夫が内心ひそかに怖れてゐたことを、たうとう蒼司は低い声でいひ出したのである。
 
「もうこんな家にゐるのは本当に嫌だ。毎日が悪夢みたい――色んなこと考へると苦しくつてたまらないもの。ねえ光田さん、僕どこかに勤めたいんだ。そして、アパートにでも移つたら、そしたら、一緒に……暮してくれますか」
 
 恥づかしそうにいひ終ると、蒼司は相手の胸に顔を埋めてじつと返事を待つた。だが、亜利夫にとってその時間は拷問にも等しい辛さであつた。一人息子の彼が、結婚するわけでもないのに家を出てアパート住まひをすることなど両親が許さうわけもない。母親の驚愕や父の激怒は眼に見えてゐる。追いつめられた気持で、亜利夫は蒼司の頭を抱へこんだなり押し黙つてゐた。
 
 暗い刻が流れた。しつかり抱きついてゐた蒼司の手からすつと力がぬけて、小さい呟きのやうな声が洩れた。
 
「我儘いつて……御免なさい」

 
いやーいいなあ!(笑) 

えーそうです、これこそは、伝説の、中井英夫がアドニスに碧川潭(みどりかわ ふかし)名義で連載したウラ「虚無への供物」であります。亜利夫総攻めとタイトルには書いたが、正確に言うと亜利夫×蒼司、亜利夫×藍ちゃんで、別に藤木田老や爺やまで攻めているわけではない。藤木田老がオモテ虚無と同じく「あのほうはさっぱりじゃて」状態で本当によかった! 現役バリバリだったらそれこそ眼もあてられないような光景が展開したことでありましょう。

しかし、こういう激変した蒼司のキャラは、何かとても既視感を覚えますね。夏と冬の二日目に某所に行けば、この手の女性化したキャラの本は山と積まれているから。こちらは耐性があるからまだいいけれど、一般読者はこういう、なんというか、激しくお前の味がしている文章をどんな顔して読むのだろう?

それにつけても亜利夫総攻めとは……いかがなものか……いやいやいや……原作者様が設定したカップリングに口を挟むなどもっての他……しかし……中井先生の中の人はウルトラスーパー腐女子であられたのか……もし50年前にコミケがあったならば、あなたも〇〇〇〇〇さんみたいに自ら売り子となってペーパーを配っていたのでありましょうか?…………かように色々と惑乱するのであった。中身の詳しい分析は来月末に当該号が発売されてからまたしてみようと思います。


*ところで石井さん、レビューありがとうございました。楽しんでいただけたようで何よりです。