(昨日の続き)江間医師を密かに慕う怪富豪村山三郎は首尾よく(?)怪我をし、これを口実(?)に江間の往診を乞うこととなった。しかし、館に招き入れられた江間を待ち受けていたのは想像を絶する光景であった。
寝台に向かい余が方には背を向けたる白髪の一老人、是れ昔しの若党なる可し、立ち来りて
『貴方がドクトル江間先生ですか』
『ハイ、患者は何処に居ますか』
『アノ寝台に寝て居ます』
指(ゆびさ)す方を打見やれば、仰向けに寝(いね)しまま身動きも為し得ぬ様、寝台に確(しか)と縛り附けられてあり、是(こ)れが当家の主人(あるじ)三郎なり。[・・・]
是れ或いは狂人には非ざるか、然り狂人の中にも其性質(たち)の最も危険なるものなればこそ斯(か)く縛りつけて有るならん。余が斯様(かよう)思う色を老人は見て取りてか、
『此の通り縛り附て有りましても決して狂人では有りません。唯だ怪我の為め取のぼせたのか、無理に身を動かして創(きず)に障(さわ)るのを顧みぬ恐れが有りますから、止むを得ず斯くいたしました』
此の言訳の嘘か誠か、余が思分る暇も無き間に、寝台の病人声を発し
『全く夫(それ)なる芦倉老人の云う通りです、私しは余り創が痛むから老人の言葉を守り兼ねます。サア先生早く診察を願いましょう』
ああ好漢村山三郎、愛しき人との初対面に臨み我が身を縛めこれを迎うるとは。到底常人のよく理解する所にあらずと云えど、其心情まことに可憐ならずや。けだし是れ誘受の極致ならん。