マクロイ「あなたは誰?」

あなたは誰? (ちくま文庫)

あなたは誰? (ちくま文庫)

 
 こいつは凄いですよ! もしかすると読者を選ぶ作品なのかもしれませんけれど、すくなくとも竹本健治のある種の傾向の作品、たとえばゲーム三部作の愛好家には絶対のお勧めです。竹本より40年も前にこんなことをやった人がいたなんて! と最後まで読んででんぐり返りました。
 
 本書はいままで紹介されたヘレン・マクロイの作品のなかで、最もパズラーすなわち謎解きとしてフェアな作品ではないでしょうか。しかもその「謎」というのが独創的で、全341ページのうち272ページ目で、探偵役の精神科医ウィリング博士が、容疑者五人のうち一人がある精神的特質を持っていると指摘します。(そしてこの段階では、博士自身にも誰がそうなのかがわかっていません。ただ五人のうち一人がそうだと論証できるのみなのです)。さて誰がその人でしょう? という、とても魅力的な、竹本健治ファン的な心性を持った人には犯人捜し以上に魅力的な謎です。
 
 ここでなかなかこすい、いやうまいのは、その精神的特質というのは無意識の領域にあるため、その人自身も自分がそうだと気づいていないのです。――ということで、その登場人物に関しては内面描写として何を書いてもアンフェアにならないのでした。
 
 そして巧緻という意味でさらに唸ったのは、そもそも「五人のうちある一人がある特質を持っていることはわかるが、誰がそうなのかはわからない」という変則技のシチュエーションをみごとに現出させていることです。これはよく考えてみると不自然きわまる設定で、下手に提出するとご都合主義と叩かれかねないものです。この設定を自然に成立させるために、作者がプロット上いかに心を砕いているか――相当のパズル愛好家でないとここまでは作りこめないのではないでしょうか。
 
 さらに殺人の謎はあともう一ひねりしないと解けません。だが最後にウィリング博士に説明されると「アア俺は何でこんな簡単なことに気づかなかったのだろう」とわが身の愚かさを嘆くという、良質なミステリの醍醐味もたっぷり味わえるのでした――すくなくとも私はたっぷり味わいました。