「私の男」をめぐって5(σ加法族の巻) 

私の男

私の男

 
 ここらで「私の男」で使われている技巧に話をもっていこう。

 まず、時間が流れる、というのはどういうことか。それは情報量が増えるということだ。(時間は流れないと言ってる人も広い世の中にはいるけれど、今はいちおう無視無視)

 たとえば今日は11月8日だが、明日9日に何が起こるのかはまだ分からない。だが10日になれば9日に何が起こったのかは分かっている。だから、8日と9日と10日の情報量を比較すると8日がいちばん少なく、10日がいちばん多い。ゆえにわれわれは、時間は8日から10日の方に向かって流れていると判断する。

 実際、確率過程論では、まさにそんな風に「時間」をとらえる。興味ある人は「σ加法族 フィルター」あたりで検索してみれば、たぶん恐ろしい世界が垣間見られることだろう。

 そこで、小説上で時間を逆行させるためのテクニックとして、情報の操作が考えられる。読者はページをめくるたびに新たな文章を読み、今まで知らなかったことを知る。つまり情報を増やし蓄積しているわけだが、その情報の増加が、日常の時間の自然な流れによって情報が蓄積されるのと同じような感じで増加するならば、読者は、あたかもページが進む向きに時間が流れているように感じる。実際には物語は逆行し、過去に向かって進んでいるにもかかわらず。

 たとえば第一章の披露宴のシーンで、新婦のヒロインが父親への手紙を読みあげるシーンがある。そういう場合の常として、そこにはきれいごとが混じっている。しかし物語を読み始めたばかりのわれわれは、その読み上げられる内容をまずは本当のこととして受け取るほかはない。しかしそれは物語を追うにつれて、時間の正常な流れによって変質していくように変質していくのだ。

 これは中井英夫がやはり時間の魔術に使ったパリノード(前言否定)と、あるいはミステリにおける出来事の前後関係を錯覚させるトリック*1と技法的には似たものだが、はるかに洗練され自然に使いこなされている。
  

*1:最近の例でいえば綾辻行人原作の某漫画