いろいろな本が来る(フランス編)

 

福永武彦が何かの文章で、「蠅の目玉くらいの活字で組まれたプレイヤッド版の注釈」のことを書いていた。拙豚もこのたび、その蠅の目玉にすがりたい気持ちになって上の本を注文したのだった。
しかし残念ながら、この本の注釈はそれほど充実していなかった。それにもかかわらず、この本を買って実によかったと思う。
それは必ずしも名訳だからというわけではない。だいいちフランス語の良し悪しなんぞ、ワインの良し悪しと同様拙豚には判るべくもない。しかしこのプレイヤッド版の翻訳者の、たいそう誠実な訳しぶりが非常に参考になるのだ。もしかしたら、「若い友人のだれそれ君の多大なる協力を得た」などとあとがきに書いてあるような邦訳*1より、よっぽど参考になるかもしれない。

たとえば、ある美女が青年にかきくどかれている場面で、美女がこんなことを言う。»Wollen Sie sich meinem Dienste widmen, so hören Sie die Bedingungen!« これを最初拙豚は何も考えず、文字面そのままに、「あなたが私に献身してくださるおつもりなら、わたしの条件を聞いてくださいな」と訳した。しかし何かどうも違和感がある。こんな窈窕たる美女がいきなり計算高く「条件」など持ち出すものだろうか。
ということで、プレイヤッド版の該当箇所を見ると、»..., apprenez quelles sont mes conditions.«とある。
うぐぅapprenezと来たかなるほど! というわけであわてて独和で"Bedingung"を引くと、「(ふつう複数形で)状況、事情」とある。だから上の文章は「あなたが私に献身してくださるおつもりでしたら、わたしも事情をお話しましょう」とした方がたぶん正しい。ああなんと頼りない拙豚の語学力(しかしこんなことを天下のインターネットで晒していいものだろうか)。そこでふたたび、SFマガジンのあの悪魔のごとき評「訳者の実力から考えて、そもそもこれを訳そうと思うのが無謀」が頭をよぎるのであった。
 

*1:特定の訳書を指しているわけではない。念のため。