日本男児ここにあり


 

盛林堂ミステリアス文庫の新刊は渡辺啓助。この前皆進社から出た『空気男爵』がやや期待外れだったので、今度の啓助はどうだろうとおそるおそるページをめくってみた。だがこれは大当たりだった。まだ最初の二篇を読んだだけだが、めっぽう面白い。短い枚数で波乱万丈の物語を要領よく語る腕の冴えがみごとだ。

一篇目は放浪医師の話、二篇目はコモド島でコモドオオトカゲと戦う話で、どちらも日本男児が秘境で大活躍する。二篇とも昭和十七年、つまりシンガポール陥落の年に発表されたもので、当然ながら大国策小説である。

しかしいくら国策に沿っていたからといって、たとえばイギリス文学でいえば、『キム』や『知恵の七柱』を読まないのはあまりにもったいない。そうした時代環境ならではの人間精神の広がりというものがあって、それは他の時代には求めがたいものだからだ。

同じように、かつての日本が植民地を求めて秘境や人外魔境に進出していたという経験は貴重なものだ。善悪の問題は別として、そういう事実がなければ広がらなかったであろう想像力は絶対にあるだろうから。

同時にこれは明治の押川春浪と戦後の香山滋の人見十吉ものやウルトラQをつなぐミッシング・リンクの一本であるような気もする。もちろん秘境冒険小説には他に虫太郎のものもあるが、主人公が変に屈折していて(まあそこがいいのだけど)春浪直系熱血路線とは言いかねる。

ウルトラQではやたらに怪獣が東京を襲うけれど、あれはもしかしたら、日本が秘境に進出していた記憶の遠い残響ではあるまいか。