「ボーイ・ミーツ・ミシマ」

 
「ボーイ・ミーツ・ミシマ」……そうか、ボーイがミシマと会うのか……おそらく変な制服着せられたり、ハラキリの手伝いをさせられたり、ろくな目にはあわないんだろうな——と予想しながらこの小編を読み始めた。

ところがどっこい。本編の「ボーイ」は実に意外な人物だった。相当に文学史に通暁した人でも、この「ボーイ・ミーツ・ミシマ」というタイトルを見ただけでは、この「ボーイ」が誰なのか見破れはしないと思う。それでいて、マニアックな人しか知らない人物ではけしてなく、普通の文学好きなら誰でも知っている程度に有名な人物である。

その「ボーイ」は呉一郎みたいに自らに関する記憶を一切失っている。その「ボーイ」の記憶を取り戻させようとする若林博士にあたるのが、「見たことのない不思議な黒い衣装を着た若い女性」通称「黒い天使」である。その「黒い天使」が、若林博士と同じく、「ボーイ」にいろいろな情報を与えて、あなたはこれこれのことをしたんですよ思い出しませんかと言うのである。

で、そこからが面白くなってくるのだけれど、この「黒い天使」は実は「ボーイ」のことにはあまり詳しくなくて、ミシマについてのほうがずっと詳しいのである。「ボーイ」は黒い天使から自分のことよりむしろミシマについてあれこれ話を聞いて、要約して言えば、「この人は僕とは全然違うねえ。この人の生き方は間違っているねえ」みたいな感想を漏らす。

しかし実はこの「ボーイ」も自殺をしている。そして最後にこう述懐する。「僕はまだあんまり三島由紀夫当人のことをわかっていないけど、一緒に長生きしていつまでも文学をやっていたかった。それなら僕も自殺はしなかったと思います」

「ボーイ」の能天気さに思わず涙腺のゆるむ場面である(「いつまでも絶えることなく/友だちでいよう」)。実際に今このブログを書いているうちに涙がこぼれてきた。「いつまでも」という五文字に泣く。この人物が「ボーイ」に見立てられたことに泣く。

この「ボーイ」は後年の世間知がつく前の(あるいは世間知の鎧に隠された奥の)この人物であって、作中の言葉でいうと「だいたい十歳から十五歳くらいの少年少女」である。これはすばらしく巧妙な仕掛けであって、いわゆる幻想文学ならではのものだ。

批評家としての高原さんと小説家としての高原さんがうまく噛みあっている名品だと思う。