『サラゴサ手稿』ついに完訳


 

岩波書店のツイッターによれば、『サラゴサ手稿』が畑浩一郎氏の訳で九月から刊行されるという。これはめでたい。

千夜一夜物語にならって何重もの入れ子構造をもったこの作品は、そのテキストもガラン版、マルドリュス版、バートン版などが並立する先輩並みに錯綜している。

まず初版は一八〇四年および〇五年にぺテルスブルクで地下出版の形で刊行されたという(国書版『サラゴサ』に付せられた工藤幸雄氏のあとがきによる)。これは第十三日の半ばまでしかないが、プーシキンをはじめとする文士たちに広く読まれたらしい。

ポトツキは一八一五年に自殺する。死後三十年ほどたった一八四七年に、遺された原稿をエドムンド・ホイェツキがポーランド語に訳した版がライプツィヒで出た。この版は第六十六日目までありエピローグもついている。だがフランス語の元原稿はこれ以降かなりの部分が行方不明になったらしい。

二十世紀に入ってガリマール社から一九五八年にロジェ・カイヨワの編纂で第十四日までの版が出た。これが国書版(一九八〇)の底本となった。

一九八九年、ジョセ・コルティ社からRené Radrizzaniという人の編纂で、第六十六日までの版が出た。この版ではフランス語元原稿が一部所在不明なため、全体の五分の一程度をホイェツキのポーランド語訳から仏訳しているらしい。つまりいわば折衷版である。だがこれは長い間定本として扱われてきていて、ペンギン・クラシックスに入っている英訳も、これを底本としている。

このテキストが刷新されたのは、新たに発見された原稿をもとに、二〇〇四年から〇六年にかけてルーヴァンのPeeters社から出されたポトツキ作品集でのことだった。この全集には第四巻一、第四巻二としてそれぞれ一八一〇年版と一八〇四年版が収められている。前者は第一日目から第六十一日目まで、後者は第一日目から第三十九日目までが収められてある。だが両者の分量はほぼ同じで、どちらか一方にしかないエピソードもある。今フランスではペーパーバックの二冊本が一つの箱に入って売られている。どちらの版も甲乙つけがたく貴重だということだろうと思う。
 


 

岩波書店のツイッターによれば岩波文庫版は一八一〇年版をもとにするらしい。というわけで完訳刊行はめでたいのだが、かえすがえすも残念なのは、おかげで工藤幸雄氏が精魂を込めて訳された原稿が闇に葬られそうなことだ。しかし工藤氏訳はジョセ・コルティ版とホイェツキ訳版を元にしているだろうから、たとえ岩波文庫版が出ても、異本として存在価値は十分にあるはずだ。なんとか刊行できないものだろうか。『千夜一夜物語』も複数の版の訳が並立しているのだから、『サラゴサ』だって畑版と工藤版があっても全然おかしくない。いやむしろ似つかわしいことだと思う。ああ、工藤幸雄の流麗な訳でサラゴサが読みたい!
 


 
上の画像はホイェツキ訳・ククルスキ校訂のポーランド語版(一九五六年版)と、岩波に先を越されてふてくされているくらり。
 
 

 
何もかも嫌になってPeeters版作品集の前で死んだふりをするくらり。