ヴァージニア・ウルフを讃えて(2)

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 少し前に白水uブックスから出た『フラッシュ』は、『青と緑』とは全然違う作品で、カフカには逆立ちしても書けまいと思われるイギリス流ユーモアに満ちている。『オーランド―』のこだまのような才気のきらめきがあちこちに輝いていてまぶしい。

 後半で舞台はイギリスからイタリアに移る。ここにいたってこの作品は一段と楽しくなる。イタリアにやってきてイタリアびいきになるというのは、多くのイギリス文人がたどる道であって、シェリーもそうだし、ヴァーノン・リーもそうだった。「猫もシャクシも」という言い回しがあるけれど、ここでは猫ならぬ犬までがその仲間に入ってピサやフィレンツェを満喫しているのがおかしい。もっともその満喫のしかたは人間とは大いに異なるのだけれど。 

 さらにこれは、サブタイトルに書かれてあるように、小説ではなくて伝記なのである。つまり作品の外に置かれた視点が、ある人生(犬生?)を俯瞰する形で叙述が進み、内容はできうるかぎり事実に基づいている。この伝記というものはイギリス文学のお家芸、というより、イギリスでは小説とは別に一つの文学ジャンルとして確立している感がある。そしてここでも、対象こそ犬ではあるものの、伝記のパロディではなく、正真正銘の伝記として、伝記文学の筆法にのっとって至極真面目に書かれている。ここにこの作品の珍無類なところがあると思う。