キャベツのようなもの

 
 もしあなたの奥さんが薔薇の花の刺繍をしていて、しかしできあがったものが薔薇よりキャベツに似ていたとしたら、あなたはどうしますか。たぶん何も言わないのが家庭の平和のためにはベストだと思いますが、わたしには奥さんがいないので、そこのところはよくわかりません。

 しかしマリオ・プラーツは違いました。『生の館』で彼はこう書いています。「……あの宿命の日、妻の刺繍したバラの花が気に入らなくて、わたしが教えてやる、などと思ってしまったときに。そして、彼女の刺繍したキャベツのようなものに比べれば、バラに近いものができあがったので、わたしは得意になった」(写していて改めて感じますが、中山エツコさんの翻訳はすばらしいですね)。
 
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 得意になったプラーツは、そのまま刺繍にのめりこんでしまって、ソファーや三脚のカバーを次々と刺繍で飾ることになります。しかしこんなことまで本に書いてしまっていいのでしょうか。奥さんから「あのときあなたはキャベツみたいなものだって言ったわね」と、ずっと後まで事あるごとにブチブチ言われはしなかったでしょうか。いやわたしが心配しても仕方がないことですが。