『つわものども』

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 第一級の天才を持つ、小説を書くために生まれてきたような作家が書いた小説を読むのはなんと楽しいことだろう。ウォーもまさしくそうした作家のひとりで、読む前から面白さは保証されているようなものである。

 主人公ガイ・クラウチバックは由緒ある旧家の末裔である。カトリックの掟で離婚した女が死ぬまでは再婚できず、この旧家も彼の代で終わることがほぼ確定している。1939年8月に独ソ不可侵条約が結ばれると、ガイは35歳にもなるのに、軍隊に入りたくてたまらなくなる(特に勇敢とか英雄的とか愛国心があるとかいう性格ではない。実によくわからない心理である)。年のせいであちこちで志願を断られるが、なんとかホルバディアーズというこれも由緒ある部隊の見習士官になることができた。ガイともう一人アプソープという男は同期の中でもきわだって年を喰っているので「アンクル」というあだ名がつけられた(ナポレオン・ソロみたいですね。いや全然違うか)。

 このホルバディアーズというのがまた変人ばかりのいっぷう変わった部隊で、いくらイギリスが変人の国といっても、まさかこれが普通ということはないと思う。中でも異彩を放つのが第二章以下の表題にもなっている同期アプソープであった。ガイのときも思ったけれど、なんでこんな人が好き好んで戦争に行きたがるのか。名誉欲というばかりでもないと思うのだけれど、やはり変人だからなのか。それはともかく、やがて戦局は混乱をはじめ、ガイはスコットランドやダカールやシエラレオネと行き当たりばったりな感じで派遣される。だが実際の戦闘は最後まで起きない。ついにはガイが生きているのに過去形で噂されるところでこの小説は終わる。

 戦争ものというのに派手な事件はまったく起きない(といっていいと思う。何をもって「派手」というのかは議論がわかれると思うけれど)。『誉れの剣』というタイトルなのに、主人公ガイは名誉なことは何もしない(不名誉なことなら山としでかす。しまいには部隊を追い出される)。全然つわものでもないし、完全にタイトル負けしている。しかしキャラクターの妙と、携帯用便器とか黒人の首とかけして飲んではいけなかったウィスキーとかいう、いかにもウォー風のエピソードのおかげで一気に読まされてしまった。


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ところでウォーはロナルド・ノックス猊下の伝記を書いている。こんな人に伝記を書かれてノックスは不安ではなかったのだろうか。

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見返しを見るとこれも東京泰文社で買った本だった。往時の泰文社には何でもあったものだ。まるでバベルの図書館みたいに。しかもとびきり安かった。