元祖オレオレ詐欺

オレオレ詐欺の歴史は古い。旧約聖書によれば、モーセが神に「民にあなたの名を何とお伝えしましょうか」と聞くと、神は "I am what I am. (欽定訳では I am that I am)"と答えたそうだ(出エジプト記3:14)。この英訳は直訳すると「わたしはわたしであるところのものである」となる。くだけて訳せば「俺だよ、俺!」というのに近い。

では神はなぜこんな回りくどい返事をしたのか。ボルヘスの説によれば(正確に言えばボルヘスが紹介しているマルティン・ブーバーの説によれば)、神は自分の本当の名を知られたくなかったのだという。名を知るということはその者を支配することであるから、本当の名を漏らせばモーセに支配されてしまうと恐れて"I am what I am"とごまかしたのだという。

しかし神がモーセにも漏らさなかった本音を打ち明けた相手がただ一人いる。何をかくそうシェイクスピアである。やはりボルヘスの「everything and nothing(全と無)」では、神はシェイクスピアにこう言う。「わたしもわたしであるものではない。わたしはお前がお前の作品を夢見たように世界を夢見たのだ、わたしのシェイクスピアよ」

つまりモーセに答えた "I am what I am."はウソだったということだ。元祖オレオレ詐欺たるゆえんである。