小説がヘタなわけではない

ゴーレム (白水Uブックス)

ゴーレム (白水Uブックス)


念のため見たら白水Uブックスの『ゴーレム』も今は電子書籍でしか売っていない。しかしこの本は何度か版を重ねたのではなかったか。『ゴーレム』といい『ワルプルギスの夜』といい、マイリンクの小説がオカルト文献でなく小説として読まれるようになったのは喜ばしいことだ。40年くらい前と比べれば隔世の感がある。

しかしマイリンクの作品が小説としてあまり読みやすいものではないのは否定しがたい事実だと思う。それは必ずしも作者の神秘思想のためではない。文章がうまいとはいいかねるせいでもない。たしかにマイリンクの文章はちょっと小栗虫太郎を思わせるアレなものだが、それはおそらく(小栗の場合と同じく)作者が見ているヴィジョンがあまりに鮮やかなせいで、文章はそれを後から追いかけて描写するしかないためだろうと思う。

拙豚の見るところ、マイリンクの読みづらさの本質はミハイル・バフチンいうところのポリフォニー的構成だと思う。英仏流の端正な小説を読みなれている人には、あの焦点の定まらない筋運びが異様なものに映るのでないか。弁護するわけではないが、けして小説がヘタなわけではなくて、あれはああいう小説で、ああいう小説の書き方もありなのである。

そういう意味で、今マイリンクがある程度(国書税が厳しい初刷が売り切れるほどに!)受け入れられているのは、伏流として、光文社の古典新訳文庫で出たドストエフスキーが大ヒットを飛ばしたことが少しは関連しているのかなとも思う。まったく根拠のない臆測ではあるけれど、あの大ヒットによって、ポリフォニー的なものを受け入れる下地ができたのではあるまいか。