少女とテレパシー


宮部みゆきから好きな作品を三作、と言われれば『火車』『理由』『模倣犯』それから別格として『ステップファーザー・ステップ』を挙げたい。たぶんこれは大方の評価とそんなに変わりはないだろうと思う。

なかんずく好きなのは『理由』で、『火車』と『模倣犯』はテーマの陰惨さゆえに一度読むと二度と読む気になれないが、『理由』だけは折にふれて何度も読み返している。これら三作はいずれも「闇」と「光」の対決であるが、『理由』では光が闇に勝っている気がする。

とはいうものの初読の印象はけして良くなかった。(ミステリ的には)単純な事件が、関係者がやたら逃げ隠れるせいで、意味もなく複雑になっていると思った。特に某登場人物の場合、その場で警察に連絡すれば正当防衛で無罪になる公算が強いのに、なぜ関係ない人まで巻き込んで雲隠れするのか。

ということで「なんだかなあ」と思っていたのだが、朝日文庫版で再読するに及んで印象ががらりと変わった。まあ人間というものはあせると理性的な行動はとれないもので、ほとんど無意味な逃げ隠れはその意味ではリアリティがある。また細部にいかにもミステリらしい趣向があるのも、再読してはじめてわかった(たとえば冒頭になにげなく出てくる部活動ズル休みの真相(?)が、最後の最後になって判明するところなど)。

特筆すべきは語りの様式の独創性である。疑似ドキュメンタリーというか、何者ともわからないインタビュアーが、関係者に次々とインタビューしていくという形式で物語は進んでいく。これがすでに偉大なる発明だと思うが、さらにすばらしいのは、少年少女にかぎっては内面描写がなされているところだ。あたかもインタビュアーは少年少女とだけテレパシーで心が通じ合っているようである。そして大人は内面が不可知の存在であり、かろうじてインタビューという形によってのみコミュニケーションがとれるようである。むかしテレビでやっていたスヌーピーのアニメでは、子供の声は普通に声優をあてているのだが、大人の声はトランペットみたいな音で代用していた。なんだかそれを思わせる。

あとこれはまったくのドタカンでいうのだけれど、この作品はトルーマン・カポーティの『冷血』の影響を受けているのではなかろうか。表層的な部分だけでも次のような共通点がある。

1. ドキュメンタリー・タッチであること
2. 一家四人殺しであること(正確にはそうではないけれど)
3. ほとんど理解不可能な犯罪であること
4. 逃走劇が作品のかなりの部分を占めること

ただ『理由』の犯人は『冷血』のペリーにくらべればはるかに冷血である。それだけにラストで語られる幽霊のエピソードが読後心に重く沈む。