ボルヘスとフォークランド紛争

年配の方はご存じだろうが、今から四十年ほど前、フォークランド紛争というものがあった。アルゼンチンの沖合にフォークランド諸島というちっぽけな島々があり、ここは昔から領有権がはっきりしていなかったようだ。というか、イギリスとアルゼンチン双方ともこれは自分の島だと主張していたらしい。

一九八〇年代のはじめに、ふとしたことから両国のあいだで戦争が起きた。そのきっかけはよく覚えていないけれど、いずれ肩が触れたとか足を踏んだとかのくだらない原因だったのだと思う。ともかく時の首相サッチャーの号令一下、艦隊がアルゼンチンに差し向けられた。

アルゼンチンの世論は「鬼畜イギリス撃ちてしやまん!」と大いに沸いたそうだ。戦争の数年後に行われた対話で、ボルヘスは「当時この戦争に反対を表明した作家は自分とシルビナ・ブルリッチだけだった」と述懐している。ボルヘスの声明は「フアン・ロペスとジョン・ウォード」という詩の形でなされ、アルゼンチンの代表的な新聞「クラリン」の一面を飾った。のちに生前最後の詩集『共謀者たち』(1985)に収められた。



フアン・ロペスとジョン・ウォード

二人は奇妙な時代に生きる定めだった。

惑星は別々の国に分かたれ、各々が忠誠を、愛しい記憶を、赫々たる古の勲を、権利を、不正を、固有の神話を、青銅の名士を、記念日を、煽動家を、象徴を授かっていた。その分割は、地図を作るにあたり、いくつもの戦争を後押しした。

ロペスは流れない河の畔 (ほとり) で、ウォードはブラウン神父が歩いた町の郊外で生まれた。ドン・キホーテを読もうとウォードはスペイン語を学んだ。

他方はコンラッドへの愛を表明し、それが啓示されたのはビアモンテ街の教室でだった。

友となるべき二人だったが、顔を合わせたのは一度きり、あまりに名高い島の上で、双方がカイン、双方がアベルとして。

二人は共に葬られた。雪と腐敗が彼らを見舞った。

これはわたしたちに理解できない時代に起きたことだ。


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これはプレイアッド版の仏訳。注釈と解題が親切で助かる。


「ジョン・ウォード」は初出では「フアン・ウォード」でフアン・ロペスと同じ名にされている。また「流れない河」とはアルゼンチン国境に流れるラプラタ河のことで、あまりにゆったりとしているので流れていないように見えるらしい。