続ホワットダニット

 こんな話を聞いた。もしかしたら業界では有名なエピソードなのかもしれない。

 むかしむかし、作家X氏の傑作集が出ることになって、その解説をY氏が担当することになった。ところが、いざ出来上がった解説に目を通したX氏は、「これではだめです」と言い張り続ける。でも具体的にどこがだめかは教えてくれない。とにもかくにも頑として、「これではだめ」の一点張りなのである。もちろん解説文中にX氏を悪く言った部分などあるはずもないし、事実関係の誤りもなさそうである。

 乱歩なら、「読者諸君、事件はなかなか面白くなって来た」とでも言うところであろう。Y氏はいったい何をしたのだろう。これはホワットダニットの好個の問題である。いわゆる日常の謎でもある。そのうえ「なぜX氏はだめな部分を教えてくれないか」という点からいえば、ホワイダニットでもある。(もちろん当事者の方々にとっては、最悪の場合は本が出ないこともありえたので、もちろん「なかなか面白くなって来た」どころの騒ぎではなかったろうが)

 その後いろいろあって、X氏が蛇蝎のごとく嫌っているZ氏の名が解説文中にあることが発見された。Z氏の名だけ消してふたたびX氏の閲覧を乞うと、こんどはすんなりOKが出たという。

 ちなみにX、Y、Z氏のいずれも今はこの世の人ではない。それほど昔の話なのである。