篠沢教授のチンチンチン

今回の『イヴ』の翻訳で一番の難関だったのが冒頭のソネットの翻訳である。「だった」とつい過去形を使ってしまったが、初校ゲラ時点ではあまり決定稿という感じはしない。とはいえ『ジャーゲン』冒頭にある謎の五行詩ほどは難しくはないと思うから、ここで怯むわけにはいかない。

このソネットの読解には、僭越ながら、故・篠沢秀夫学習院大学名誉教授の「チンチンチン」というシステムを使わせていただいた。教授はこのシステムをマラルメの「処女であり、生気にあふれ、美しい今日」(篠沢訳では「無垢にして根強く美しき者は今日」)の解読に用いている。その解読過程の講義は『篠沢フランス文学講義Ⅱ』に収録されている。この本を読んだのは大昔のことだが、「詩とはこういうふうに読むのか!」と目を開かれるような体験だった。


f:id:puhipuhi:20191017180056p:plain


この「チンチンチン」というのはどういうシステムかというと、上の画像にあるとおり、後続のあらゆる可能性を考えながら一語ずつ区切って非常にゆっくり読んでいくというやり方である。マラルメの例でいえば、冒頭のvierge(処女)が名詞か形容詞かというところから話がはじまり、それが鈴木信太郎訳の「美しい今日」と篠沢訳の「美しき者は今日」との差に及んでいく。われわれはつい先ず全体を読んで、だいたい何を言っているかを知ろうとしがちだが、それではかえってわからなくなる場合もあるのだ。