ナイフで決闘

牛島氏の逝去後、ボルヘスの翻訳は悲しいことにいまだに、新訳といえど油断がならない。十数年前に出たある本は、冒頭から「スルミナ」という地名が連発されていて読む気が大いに削がれた。むろん「スミルナ」の誤植である。(もっとも拙豚の見たのは初版だから、今の版では直っているかもしれない)*1

その手の誤りはかくいう拙豚もしょっちゅうやらかしているので、あんまり人のことを言えた義理ではない。しかし相手はそんじょそこらの作家ではない。偉大なるボルヘス様である。「スルミナ」とはあまりに不敬ではなかろうか。

古老の話によると、昔ボルヘス翻訳業界は二手に分かれて日夜抗争に明け暮れていたという。本当か嘘かは知らない。本当にしては面白すぎるのできっと嘘と思う。だがもしそんな風だったのなら、とても「スルミナ」を直しているどころの騒ぎではなかったのかもしれない。

だがそれもさもありなんと思わないでもない。かつて中村真一郎はジェラール・ド・ネルヴァルに入れあげたあげく、ネルヴァルが女優ジェニー・コロンを愛人にしたと同じく女優の奥さんをもらい、ネルヴァルが精神を病んだと同じく、自らも精神科の治療を受けた。一人の作家に熱中すると、時として人はそんな状態にまで持っていかれる。

たとえば『ブロディ―の報告書』に収められたいくつかの短篇を読めば、たちまち血沸き肉踊り、人さえ見ればナイフで決闘したくなるだろう。ピストルや剣での決闘なんて、とても生温くてやってられないと思うようになるだろう。そこまでいかなければボルヘスの愛読書を名乗る資格はないような気がする。仮にボルヘスを翻訳している人のあいだでガウチョの決闘まがいのことが起こっていたとしても、それはボルヘス愛の発露なのではないか。なんだかそんな気もするのである。

*1:【9/21付記】2015年の第3版でも直っていなかった。