わが創元推理文庫神7(その2)

 神7の二番手はこれ。
 
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 マクロイは傑作揃いでどれを挙げようか迷う。しかし『暗い鏡の中に』は早川書房のほうが先に出たし、『家蠅とカナリア』にも別冊宝石に訳があるので神7のルールにしたがってこれになった。『家蠅とカナリア』の真犯人が危険を冒してでもカナリアを逃がさなければならなかった心情なんか、マクロイ節がひしひしと身に沁みてすばらしいのですけれどね。ウィリング博士の心理学的講釈さえもそらぞらしい屁理屈に聞こえるくらいに。

 しかし本格ミステリ的な仕掛けではこの『逃げる幻』がはるかに勝っている。これが油断ならないのは、冒頭数十ページでいわば催眠術をかけて読者をある盲点に陥れるところだ。最後まで読んで真相を知ると、「こ、こ、こ、このヤローーーー!」と叫んで本を壁に叩きつけたくなる。もちろん賞賛の意をこめて。(ちなみに作者は女性なので野郎よばわりは不適切である。) つまりそれほど鮮やかに読者を瞞着する技が決まっているということだ。

 この作品は、この時代で、この場所でなければありえない犯罪を描いている。そういう意味ではトマス・フラナガンの『アデスタを吹く冷たい風』などと類縁のものだ。しかしマクロイは「この時代」と「この場所」のミスマッチを謎の構成に最大限に利用している。そして作者の筆の魔術はそれをそれと悟らせない。真相を知らされてはじめて「アッそういえば!」と納得することになる。作中でどういう意味があるかわからない(あまり本格ミステリらしからぬ)無茶な犯罪が行われるのだが、犯人がわかってからだと(ことにその隠された性格がわかってからだと)ああそうなのかと深く納得する。