ジュテーム?


ジャズトランぺッターMiles Davisの名は英和辞典の発音表記で見るかぎり、「マイルス」ではなくて「マイルズ」である。ところが「日本で一番マイルスに近い男」と呼ばれた音楽評論家の中山康樹は、死ぬまで「マイルス」と表記していた。本人の言によると、マイルス自身が言うのを聞くと、「マイルス」にも「マイルズ」にも聞こえるのだという。
わたしはこれはてっきり意地を張っているものとばかり思っていた。ところが南條竹則さんの近著『英語とは何か』を読んで誤解だとわかった。この本の154ページにはこうある。

英語でも、たとえば「James」という名前を片仮名に表記するとき、今ではたいていジェームズと「ズ」を濁らせますが、古い書物や新聞などでは、「ジェームス」とか「ゼームス」という表記がよく見られます。わたしは以前、それを単純な間違いだろうと思っていましたが、今は考えを改めました。
[中略]最後の子音の発音は[z]ですから、「ズ」とするのが当然のように思われますが、前に申し上げたように、[z]は[dz]――日本語の「ズ」ではありません。もっと軽い発音で、舌の位置や動きは「ス」と同じです。[中略]耳で聞いた感じでは「ス」のように感じられることもあるでしょう。


つまり英語の[z]は舌を歯茎の裏につけないが、日本語の「ズ」はつける。だから聞きようによっては[z]の音は「ズ」より、(やはり舌を歯茎に付けない)「ス」に近く聞こえるらしい。
ということでわたしも南條氏に倣い考えを改めた。中山氏が「マイルスにも聞こえる」と言っていたのは、意地でもなんでもなくて、音楽評論家としての耳の良さの証明に他ならなかったのだ。そういえば昔は「シャーロック・ホームス」という表記もあったような気がする。
あとこの本によれば、やはり同じ理由で、日本人が「ジュテーム(Je t'aime)」
と言うと、フランス人の耳にはとても変な音に聞こえるという。「シュテーム」と言ったほうがまだマシのようだ。