爺が読んでも面白い

 
なぜ倉阪家の奥方は売れゆきの足をひっぱりそうなことしか言わないのでしょう。よほど根深い恨みでもあるのでしょうか。でもこれは実は半七捕物帳の好きなおじいさまがたが読んでも唸りそうな(「うなされそうな」ではありませんよ)好短篇集です。そもそも半七だってときどきバカミスに接近しますしね。

だがかくいう自分も、最初はバカミスと思って油断して読んでいました。からくり亭で推し理(おしことわり)する面々はいずれも個性あり、ことに蔵臼錦之助なる、名前からしてポポル・ヴーの怪音響がプオープオーと響いてそうな戯作者の人は、「閉部屋(とざしべや)」に凝ったり「客への挑み状」をはさんだり、なんというか時代を間違えて生まれたとしか言いようがありません。

ところがおしまいに近い301ページあたりからガラっとムードが変わるのです。クラニー十八番のハイブリッドの魔術です。なぜ犯人はわざわざ足跡の残る雪の日を選んで犯行に及んだのか。これはミステリの謎としても気がきいてますが、真相はそれ以上に胸に迫るものがあります。さすがに泣きまではしなかったものの、不意打ちをくらって涙腺が緩みました。