深夜の電話

聖ペテロの雪』キャンペーン応募がどしどし集まっております。ありがたいかぎりです。しかしまだ応募者数が当選者数を下回っているようですので、今後も奮ってご参加されますよう、よろしくお願いします。

ところで大森望さんの『特盛! SF翻訳講座』(現在は新編 SF翻訳講座 (河出文庫)として文庫化)にこんなくだりがあります。

……といったように、この手の話は、翻訳者仲間の深夜の電話でけっこう盛り上がるテーマで、
「翻訳語ってぜったいあるよね」
「ああ、あの殻竿ふりまわしたりするやつ」
「そうそう。あれって英語はたしかflailだっけ。『溺れかけた彼は殻竿のように両手をふりまわし、助けを求めた』とかって、よく出てくる」
「謎だよな。一生に一度でいいからその殻竿をふりまわしてみたいもんだ」

うんうん謎だよね、と思いながらも他人事としてここを読んでいた私が、後年その殻竿を振り回す小説を訳すことになったのだから人生はわからないものです。

それにしても1933年に出た小説ですでに「いまどき殻竿なんかあるものか」と言われてるのですから、この殻竿なるものはそうとうな骨董品に違いありません。おそらく、日本語で言えば「故郷に錦を飾る」みたいに、その実体はとうになくなっているのに、形容句としては「殻竿のように」という形でいまだ日常会話で使われているといったたぐいの言葉なのでしょう。
今もどこかの国で、日本語を翻訳している人たちが、「錦って謎だよね」「一生に一度でいいからその錦ってものを飾ってみたいもんだ」と深夜の電話で話しているかもしれません。