天然叙述トリック

赤い右手 (創元推理文庫)

赤い右手 (創元推理文庫)


『赤い右手』の文庫版が出た。
これは実にハラハラドキドキさせる小説だ。といってもサスペンス小説を読むときのいわゆるサスペンスではなく、なんというか、「はじめてのおつかい」を見ているときの感じに近い。つまり作者がプロットを繰る手つきがあまりにもあぶなっかしいので、「これはいったいどうなることか。最後までもつのだろうか」とつい手に汗を握ってしまうのだ。
だが心配は無用、終わりが近くなると物語は予想をまったく裏切る展開をし、強引に終わる。でもこれはたぶん狙ってやっているのではない。天然叙述トリックというか、あるいは終盤近くまでの文章すべてが天然レッドへリングというか……。
ヘタウマ? ウマヘタ? ヘタヘタ? 人によって評価が大きく分かれるだろう。むしろ評価不能というべきか。しかしある種の読者の心を激しく揺さぶることは否定できまい。第二回バカミスアワードで、ゲストの鳥飼否宇さんが印象に残るバカミスナンバーワンとしてこの小説をあげておられた。バカミスという呼称はあんまり好きではないが気持ちは実によくわかる。
あと特筆すべきは翻訳のすばらしさ。内容にぴったりしていて、この小説にこれ以外の文体は考えられないほどだ。