外国の探偵小説がたくさん

大掃除をやりながら本をパラパラめくっていると、こんな文章がありました。

先生の家に来てみると、外国の探偵小説が沢山あった。「詩学」へ詩を発表されると、原稿料はいいから、同じ社から出している「宝石」を毎月送ってくれるようにと頼まれた。
 
箱根の別荘にいるときなどは、先生が探偵小説を私の部屋に持って来て、「僕はこのページまで読んだら、犯人がちゃんとわかったよ。君もここまで読んでごらん。当てっこしよう。そこから先を読んじゃずるいよ」といって、本を置いてゆかれる。指定のところまで読んで、苦心して推理を組み立てて、夕食の後などで話すと、いろいろ意地の悪い質問をして、私の推理をめちゃめちゃに壊してしまわれる。[中略]
 
あんまりじれったくてくやしいから、そっと結末のところを読んでみると、私の推理がぴたりと当っている。自信を得て翌晩またそ知らぬ顔で私の推理を述べたてると、先生はすぐ察して、「おっさんはずるい。しまいのところまで見たんだ」。そこでこっちははじめて気がつく、「あっ、先生も見たんですね」と大笑いになってしまう。

本格ものを読む醍醐味ここにあり!と小膝を叩きたくなるような文章ではありませんか。「先生」と呼ばれているのは誰あろう折口信夫です。ここに見られる師と弟子の仲睦ましさは、とても「三熊野詣」のモデルになった人とは思えません。ちなみに宝石社の当時の社長城左門(昌幸)は「詩学」を出していた詩学社の社長も兼ねていました。