尊師が空を飛んでいる

本の雑誌361号

本の雑誌361号


このところ毎月「本の雑誌」を買い続けている。木村晋介氏の連載「新・キムラ弁護士のありふれない一日」を読むためだ。毎月たった2ページの連載だから、立ち読みで済ませればよさそうなものだが、そうはさせないだけの気迫がこの文章には籠っている。

内容はオウム事件の再検証とでもいうべきものだ。いつからこの連載が始まったかは知らない。拙豚が読みはじめたのは去年、「その日地下鉄で」の中途からだが、今年になると連載はいよいよ佳境「マインド・コントロール」に入った。木村弁護士のオウムへの打ち込みようはひととおりのものではなく、今月号ではオウムの残党「アレフ」に体験入信しようとして断念した後、神秘体験を求めアイソレーション・タンクに入らんと岡山に赴く。(このタンクはたぶん映画『オルタード・ステイツ』で猿になって出てくるやつではないかと思う。)

一人前の分別を備えたものが、なぜオウムに入信すると、凶悪きわまる犯罪に加担してしまうのか。往々にしてそれは「薬物による幻覚」とか「マインドコントロール」とかいう言葉で片付けてしまいられがちだ。だがこの連載はそんな単純なものではないことを教えてくれる。
今月号で言及されたある元信徒は、入信する以前、麻原尊師のある著作を読んだだけで「クンダリニー覚醒」と呼ばれる神秘体験を得たという。ここには薬物もマインドコントロールも介入する余地はない。またこれは完全から教団から離れた後の告白なので、嘘をついているとも考えにくい。

この連載はどこに行き着くのだろう。おそらくは稲生平太郎氏の名著『何かが空を飛んでいる』にきわめて近いところまで到達しそうな気がする。『何かが……』ではUFOは「精神と物質の裂け目」を飛んでいると喝破される。木村弁護士の連載を読み進めるうち、いずれ読者は、オウム信者の犯罪のうちにこの「精神と物質の裂け目」を垣間見ることになるのではなかろうか。そういうわけでなかなか目が離せない連載なのである。
何かが空を飛んでいる

何かが空を飛んでいる