クラニー先生の10作

 ひさしぶりに某巨大掲示板をのぞいたらなんと「本の雑誌がクラニー特集」と書いてあるではないか。おおこれは一大事、と感激してさっそく本屋に走った。「本の雑誌」を買うのはたぶん三年ぶりくらいではあるまいか。この雑誌は良くも悪くも活字中毒者による活字中毒者のための雑誌で、拙豚は中毒というほどのことはないから、読んでいるうちになんだかフォアグラ用にむりやり餌を詰め込まれるガチョウみたいに気持ちが悪くなってくる。だからつい敬遠してしまうのだ。

 それはともかく、「クラニー特集」というのはちと大げさで、千街晶之さんの「倉阪鬼一郎の10冊●怪奇と笑いとマニエリスム」という記事があるだけ。でもこれはこれで十分に嬉しい。この記事だけでこの号は買う価値があると思う。

 まず、当該記事を読む前に、わが十作を選んでみた。十作に絞るのはなかなか難しいけれど、「倉阪作品を全然読んだことがなく、作者本人についてもあまり予備知識のない人に薦めるなら」という観点で選んだのがこれ。(ちなみにホラー系は怖すぎてとても読めないので入れていない)

  1. 活字狂想曲(1999)
  2. 屍船 (2000)
  3. 学校の事件(2003)
  4. 汝らその総ての悪を (2005)
  5. 下町の迷宮、昭和の幻(2006)
  6. ブランク―空白に棲むもの (2007)
  7. 騙し絵の館 (2007)
  8. 薔薇の家、晩夏の夢 (2010)
  9. ふるふると顫えながら開く黒い本(2011)
  10. 五色沼黄緑館藍紫館多重殺人(2011)

 1.は抱腹絶倒の回想記。2.は短編集から一冊選ぶならこれか。凄惨とか無惨とかいうものの純粋結晶。3.は田舎シリーズ最終作。これを無邪気に笑える人は幸せだ。4.交響曲シリーズから一冊選ぶとするとこれか。ひたすら暗黒へと突き進む「夜の果てへの旅」 5.人情ものの傑作。この中では一番安心して人に薦められる。6.はある意味すさまじくフェアな「読者への挑戦」もの。驚愕すぎる真相。7.は変態叙情錯視ミステリ。8.は変態叙情暗号ミステリ。9.は「俺は見てはいけないものを見てしまったのかもしれない……」と思わず本を取り落とす衝撃の書。10.はこれより先はあるのか!というほどのとてつもないノーマンズ・ランド。

 とここまで書いたところで「本の雑誌」を開く。千街晶之さんの選んだ十作は、

  1. 百鬼譚の夜
  2. ブラッド
  3. 文字禍の館
  4. 田舎の事件
  5. 四神金赤館銀青館不可能殺人
  6. 遠い旋律、草原の光
  7. 湘南ランナーズ・ハイ
  8. 花斬り 火盗改 香坂主税
  9. 活字狂想曲
  10. 夢の断片、悪夢の破片

 うおう。なんと『活字狂想曲』しか重なっていない! くれぐれも断っておきますがわざとこうしたわけではありません。
しかし、これもまた十分に納得のいくセレクションではある。おそらくは、"Starless and bible black"にどこまで重きをおくかで選出作品が異なってくるのだろうと思う。ともあれ、クラニー先生に駄作なし。たとえ全作品を読んだとしても悔いることはないはずだ。

【2/12追記】あとで調べてみたら、この前に「本の雑誌」を買ったのは2009年4月号、「世界の魔窟から第4回 直木賞作家・桜庭一樹の本棚」という記事のある号だった。だからちょうど三年ぶりということになる。