strange aeons

『魔道書ネクロノミコン外伝』をご恵送いただきました。どうもありがとうございます。
これは少し前に同じ版元から出た『魔道書ネクロノミコン完全版』を補完するもので、巻末の作品解題には「今回は拾遺編の第一弾をお届けする」と書いてあります。すると第二弾以降も出るのでしょうか。いあいあよぐそとーす、いぐないいーいぐないいーとぅふるとくんがー……いろいろな意味で関係者のご無事を祈らざるをえません。

面妖な図形とか絶叫してるような呪文とか変な表記とか怪しげなコンピューター分析とかが入り乱れてうさん臭さでむせ返るような『完全版』とはうって変って、この『外伝』は、まあ変な図形なども少しは出てきますが総じて文章の力だけで勝負している、つまり文体だけで異世界を現出させようとしているところにとても好感が持てます。『完全版』のハッタリに辟易して壁に投げた方もこちらの『外伝』はお勧めであります。

最初のリン・カーター『ネクロノミコン』は、前半のアルハザードの放浪譚が圧巻です。抑制のきいた密度の高い文体は、リン・カーター最良の仕事の一つかもしれません。正直ここまでのことができる人とは思いませんでした。カーター君やるじゃん。解題には「ジョン・ディーの時代に本を読めるイギリス人はギリシア語とラテン語ができてあたりまえだったので、わざわざ英訳する必要があったのかといわざるをえない」とあります。でも同時代にはsmall Latin less Greekの人だっていたし、何よりジョン・ディーみずからがユークリッド『原論』英訳版に序文を寄せてます。ユークリッドが英訳されるくらいなら別にネクロノミコンが英訳されても不思議ではないのではありますまいか。

でも一番凄いのは巻末の3分の1強を占める「ネクロノミコン注解」です。たとえば、あの人口に膾炙した

そは永久(とこしえ)に横たわる死者にあらず
永劫の歳月を閲して死をも越ゆるものなり(大瀧啓裕訳)

というよく分からない二行連句(そもそも連句の体をなしていない)に対して、「これはアブドゥル・アルハザードのものではない。むしろクトゥルー・カルトの伝承のかなり古いものをアルハザードが引用しているのである。……ともかく旧支配者のグノーシス主義者のカルトは、アルハザードの時代よりもかなり昔に遡るのである」と断定し(p.270)、以下その根拠を延々論じたています。おお、これはほとんど荒井献の世界ではありませんか!