恥ずかしい蔵書票の話

 この前の金土は洋書祭りということで、いそいそと神保町の古書会館まで出かけていった。例によって初日はプロやセミプロが入り乱れて荒らしまくるので、何かと動作の緩慢な拙豚に出番はない。静かな雰囲気で落ち着いて本を選べるのは客もまばらな二日目の朝だ。

 今回の目玉は十年以上前に物故されたK.I.氏の蔵書放出。サジテール、ロル・デュ・タン、エリック・ロスフェルド、チュー、オ・ソレイユ・ノワール、J.J.ポーヴェールなどなど、半ば伝説と化した版元の本がざくざくと、五百円とか千円で投売りされている。全部で千冊は下るまい。ああなんという惨状、こんなゴミクズみたいな値で売られて……。書籍を慈しむ文化はどこへいってしまったのだろう。とはいえ嬉しくないといえば嘘になる。結局段ボール三箱分買って帰った。

 ほんとならもっと買ってもよかった。しかし好事魔多し、拙豚はそこで購買意欲を大いに殺ぐ恥ずかしい蔵書票を見てしまったのだった。

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 自分の似顔を蔵書票にあしらうという、このあられもないナルナル。これが貼られた本のタイトルがETES-VOUS FOUS? (=脳わいてんじゃないの?)というのも微苦笑を誘う。




 それにしてもルネ・クルヴェルとは懐かしい。ナイフとフォークの話とかすごくよかったけどもう翻訳は出ないのかな。……いやいや、国書刊行会に訳稿を持ち込めばきっと出してくれると思うので、我と思わんものはぜひトライしてみてください。

 とはいえ、この人も最初からこうではなかった。蒐書初期のものと思われる本にはおそらくは手製のゴム印が押してあって微笑ましい。




 タイトルページの脇に何か鉛筆で書いてある。えーとなになに、「初版本(一九五三年?)は、鞭打物専門の出版社「踊子草書房」 Orties Blanches より刊行。発売禁止処分を受く。著者 Daisy Lennox は Henri Raynal のペンネームならん。」 なにやら物騒な話だが本当なんだろうか。

 続いて神戸奢灞都館時代の蔵書印。レチフ・ド・ラ・ブルトンヌ 『反ジュスティーヌ』英訳本オリンピア・プレス版極美、という手の震えるような稀覯本。ああこの目障りなハンコさえなければ……まあ五百円だから仕方ないか。




 おしまいは『修道女モニカ』を堂々と収録して物議をかもしたアルベール・ベガン監修ホフマン仏訳全集の一冊。



 これは誰の絵だろう。山本六三? 蔵書票のおかげかちょっと高くて二千円。ともあれ、久方ぶりに本らしい本をたくさん買えた充実した一日だった。