水曜日ラビは迷夢を解いた

The Follies of Science at the Court of Rudolph II: 1576-1612

The Follies of Science at the Court of Rudolph II: 1576-1612


ある冬の夜、炉端で物思いにふけるラビ・レーウのもとに、友人の宮廷史家ジャック・ティポ*1が、錬金術師ミヒャエル・マイヤー*2をともない訪れた。母方の先祖がユダヤ系だったこともあり、マイヤーはたちまちラビと意気投合し、宇宙について、精霊について、神智について話がはずんだ。
やがてマイヤーはもうすぐ世に出る自著『逃げるアタランテー』の挿絵を二人に見せ、意見をもとめた。最初のエンブレムにはティポもラビも嘆賞を惜しまなかった。しかし第二エンブレム「地はその乳母なり(Nutrix ejus terra est)」に移ると、ラビは沈思黙考したあげくに、次のごとくダメ出しをした。



「主ヤハウェは『あれ』と命じて地水火気を凝固させ、その四元素からすべてを創造されました。四元素はもともと乾と湿、冷と熱というように敵対する性を持っていますが、ヤハウェの力はそれらをまとめあげたのです。被造物の多様性はこういった相反する元素から構成されるところから生まれているのですよ。
しかし、このエンブレムでは異なる元素がごちゃごちゃに混ざり合い、本来の性を失っているではありませんか。四元素の性が失われ均質化したところには、ただ腐敗、そして壊滅があるのみです」

マイヤーはおもむろに応じていわく、「あなたの意見にも一理ありますが、偉大なパラケルススの教えに反してますな。第一質量イリアステルは一元的な性質を持っていまして、あらゆる生命活動や精神力のみなもとなのです。第一質量に万物の実体が含まれています。天地創造が行なわれイリアステルが融解したとき、第一原因が分化した力であるところのアレスが活動をはじめたのです。したがってすべての創造は分離の結果であり、そこから地水火気の四元素が生まれたのですよ」

ティポも負けじと口を出した。「わたしは歴史家で哲学者ではありませんが、どうも四元素よりも地と水の二元素のほうがしっくりきます。火は地から生まれ、気は水から生まれるのです。鍋からでる湯気を見れば明らかでしょ」

そこに宮廷侍医ゴットフリート・スティーギウスがおっとり刀でやってきた。なんでも皇帝が妙な夢を見て大騒ぎしているが、誰も夢判断ができないため、ラビのもとにつかわされてきたのだそうだ。

夢の中で森に迷った皇帝は、気がつくと宮殿のなかにいた。見ると玉座に就いた王の前に、王子と五人の臣下が跪き、権力を譲るよう王に懇願している。王は何とも答えない。そこで王子は臣下にそそのかされ王を刺殺した。墓穴を掘り王のなきがらを埋めようとしたところ、誤って王子も埋められてしまった。天使が二人の骨を九の部分に分かちその一つが腐敗した地に投げられた。臣下たちが王の復活を祈るともう一人の天使が残りの骨を撒いた。
靄のような幕がかすめると、王は壮麗な姿で墓から蘇っていた。当然邪悪な王子としもべたちを罰すると思いきや、金の冠をかれらにかぶらせ皇子の即位を宣した。

侍医が皇帝の夢を語り終えたとき、ティポが窓のそとを指した。おりしも雲ひとつない空に、太陽が顔をのぞかせたところであった。レーウは「あれこそ皇帝の夢の解き明かしている。夜に征された太陽たる皇帝が、墓界から暁たる天使の力で解き放たれたのです。いまでは、限りない栄光のもとで、壮麗を極めた祝福を取るに足らぬ被造物にまで与えているではありませんか」

……以上はあまたあるルドルフ2世本のなかでも奇書*3の誉れ高いH.C.ボルトン『ルドルフ宮廷における乱痴気学問』(1904)に引かれている一挿話であるが、浅学の拙豚にはこれが実話かどうか分かりかねる。

*1:ヤコブス・ティポティウス、1550−1618

*2:1568-1622

*3:かっては15人で金を出し合って買ったなどという伝説さえあった幻の書だった。