変なことする人

[内容にある程度触れてますので未読の人は注意!]

前年末に出た『本格ミステリベスト10 2008』の新作近況会で著者はこんなことを書いている。

とりあえずメインは『紙の碑に泪を 上小野田警部の退屈な事件(仮)』(講談社ノベルス)。また変なことをやりますので、ご期待ください。

ま、また変なことをやるのか……(*´Д`) 

『四神金赤館銀青館不可能殺人』では見事にだまされたので、今度はリベンジ・マッチとばかり鵜の目鷹の目lynxの目で読んだ。「渾身の変化球」(見返しの惹句)とあるからには、どこから玉を投げてくるか分からんと警戒していると、いろいろ不自然なところが目につく。

順不同で挙げると、まず見返し裏の著者近影がmixiにときどきお目見えする令嬢ヒナちゃんにそっくりである(だがこれは謎解きにはまず関係ないと思う)。それから裏表紙の紹介文で「犯人」という言葉に意味ありげに傍点がふられている。もしかしたら犯人は人でないのか(動物とか妖怪とか)、あるいは死因は他殺でないのか(事故死とか自殺とか)。それにしてもタイトルはどういう意味なのだろう。主人公の警部が珍名なのは何かの伏線なのか。

あと謎なのはp.130の千代田線代々木公園駅の代々木上原方面の時刻表で、なぜか小田急線直通の本厚木行きが一日に一本、それも午前10時11分にしか出ていない。時間帯からいってアリバイ工作とはまず関係ないと思うが……。

次に本文。

この作品ではアリバイ崩しと犯人あてが合体している。ふつうアリバイ崩しといえば早い段階で犯人のめぼしがついていて、あとはその人の申し立てるアリバイがいかに崩されるかがミステリ的興味の中心となる。それに対して本作はアリバイ崩しであると同時にフーダニット、つまり鮎川哲也で言えば『王を探せ』みたいな系列に属するのだが、ここではすべての容疑者が、赤の他人どうしにもかかわらずどういうわけかみんな共通のアリバイを持っている。そしてアリバイのない容疑者は「アリバイがないから」という理由で容疑者から除外される。もひとつ不思議なことに、読者への挑戦のすぐ前に16人におよぶ容疑者一覧リストが出てくるのだが、それらの人たちがいかなる理由で容疑者とされているのか、また、それ以外の人たちがいかなる理由で容疑者とされないのかの説明がない。まさに「特定のアリバイがあるからこそ容疑者」みたいなロジックで物語が進む。まるで不思議の国に迷いこんだようだ。ここらへんからしてすでに、ものすごい「変なこと」をやっている感が強い。

それからもう一つ変なことというのは、容疑者が申し立てるアリバイがどんなものなのか明瞭に書いてないことだ。犯行現場から遠く離れたクラシックのコンサート会場に推定殺人時刻にいたというのがアリバイらしいのだが、いかなる証拠をもって容疑者がそこにいたと主張しているのかが分からない。第三者に目撃されているのか、それともチケットの半券みたいな物的証拠があったのか、そこらへんをはっきりさせないと、本当に難攻不落のアリバイなのかそれとも口からでまかせの嘘なのか分からないではないか。ここにも深いたくらみがあるような気がする。

次は構成。

物語はちょうど『三重露出』みたいに、ニンジャが出てくる翻訳ミステリ(作中作)からの抜粋パートと、そのミステリを読みながら犯人を待ちかまえる警部のパートが交互にすすむ。警部パートのリラックスしながらも緊張の持続する雰囲気はすばらしい。現実の犯人を待ちながら読むなんて、海外ミステリを読む環境としてこれ以上のものは望めないのではないか。
あと目新しいのは、容疑者の証言がすべてウェブサイトの日記という形式で提出されていること。このため、証言は、尋問とそれへの応答といったインタラクティブな形にならない。ここにも何かたくらみがあるのか?

という風にあれこれ考えながら読みすすめついに読者への挑戦まで来てしまったが、いっこうに「変化球」の正体がつかめない。しかたないから基本に帰り、各容疑者の証言を時系列を追って一覧にしてみた。あと、「ジャック・ホーント・アニイ」という、私はアナグラムでございますと全身で主張しているような名前のアナグラムを解いてみた。(手加減してくれたのかそんなに難しくはない)。結局作者のアドバイスどおり素直に振ったら打てたようだ。