どんな鞄?(3)

 
 
 「長篇 『氷』 (67) は各方面から絶賛されるが、翌年に急死。ベッドの傍らにはヘロインの注射器が置かれていたという」みたいな作者紹介文を見て浮かび上がってくるのは、あたら稀有の才能を持ちながらも麻薬に身を持ち崩した哀れな女性作家である。音楽の世界でいえばジャニス・ジョプリンとかシド・バレットとか。

 しかしわたしは声を大にして言いたい。カヴァンはそういうのとは全然ちゃうねん! 太宰治を悼む石川淳の口吻を借りて言えば「たまたま時とところを同じくして、一本の注射器がころがっていたからといって、それがいったいどうしたというのだ」 たしかに『ジュリアとバズーカ』のなかの短編など読むと、「この人いったいどうなっちゃってるの?」と思う人がいてもそれは無理からぬことだ。しかし、一見薬物幻覚と見まごうばかりの特異なヴィジョンは、実はほんの子供のころ、それこそ学校に上がる前から徐々に徐々に彼女の心のなかに培われてきたものだ。疑う人は"Sleep has his house"など一読されたい。

 わたしの見るところ、カヴァンとヘロインの関係はむしろホームズとコカインの関係に近い。あるいは、オールディスがいみじくも喝破したように、ド・クインシーとアヘンの関係に。カヴァンの友人であり、『氷』の出版にひとからならぬ尽力をしたフランシス・キングの思い出を聞こう――しかしキングの本が見つからない。ということで続きはまたあとで。