ジョン・コリアは難しい14(和爾桃子さん萌え〜の巻)

千の脚を持つ男―怪物ホラー傑作選 (創元推理文庫)

千の脚を持つ男―怪物ホラー傑作選 (創元推理文庫)

  
翻訳で何が楽しいといってギャグを訳しているときほど楽しいときはない。ギャグがなければ、世界は貧しく狭い場所になってしまう。でもときにはちょっとやりすぎたかな? と思うときもあるのだ。
たとえばこんな文章がある。グレンウェイという生真面目な男が、人を茶化す気味のあるガイセッカーという男に、大海蛇(シー・サーペント)実在の根拠を滔々と語り聞かせている。ヴィクトリア女王のヨットに乗っていたある高貴な人さえそれを目撃したとグレンウェイが言うと、ガイセッカーはこんな反応を示す。

Geisecker, who had been listening with a widening smile, here heartily slapped Glenway on the back. "You know what it was they saw, brother? They saw the old girl herself, flopped overboard for a dip. What do you say, boys?" said he, addressing the question to me and to the man who was clearing the table. "That's about the size of it, believe you me! Splash me, Albert!"
He accompaied this last sentence with a flapping mimicry of regal and natatory gambols....

これを今度出た『千の脚を持つ男』の中で中村融・井上知氏はこう訳している。

ガイセカーは、口もとのほころびをだんだん大きくしながら聞いていたが、ここでグレンウェイの背中を力いっぱいはたいた。
「そいつらが何を見たのかわかるかい? ひと泳ぎしようと海に落ちた、女王陛下本人を見たんだよ。あんたらはどう思う?」と、わたしと、テーブルの上を片づけていた男に向かって質問した。「きっとそのくらいの大きさだったんだ。『アルバート、わたくしに水をかけて!』ってな」
彼は女王らしく威厳たっぷりにバタバタと水をかく真似をしながらこの最後の台詞(せりふ)をしゃべったが……

非の打ち所のない訳だと思う。ところが同じ文章を拙豚が訳すとこんな風になってしまうのだ。

ガイセッカーの笑みは話を聞くうちにだんだんと大きくなっていったが、話がここにいたると、グレンウェイの背中をぴしゃりと叩いた。「奴らが見たものの正体が分かるか、兄弟? あの婆さんその人だよ。ちょいと一泳ぎにどぼんと飛び込んだんだ。君たちはどう思う?」 と彼は質問を僕とテーブルを片付けていた男に投げかけた。「ちょうど大きさもぴったりじゃないか。嘘じゃないぜ。信じてくれ。アルバート、わらわに水をかけるがいい!」
ガイセッカーはこの最後のせりふを、王者の風格をもった者がおおはしゃぎで水遊びをしているジェスチャーとともに喋った。

しまった、ついラフィールが入ってしまった。どうしよう? まあ何も言われなければいいだろうと気弱く思っていた拙豚は、今回同じ本でご一緒することになった和爾桃子さんの訳稿を見て、(解説を書くので、初校ゲラで読ませてもらった)文字通りぶっとんだ。
素晴らしい! 素晴らしすぎる!
かくて一瞬にして和爾ファンになった拙豚は、ディー判事シリーズを買うため本屋に走ったのであった。この感動を皆さんとわかちあいたいのは山々だが、初校ゲラ段階の文章を引用するのははばかられる。『ナツメグの味』刊行の暁にはぜひ一本を購われんことを。「ほとんど既読の短篇ばかりだよ〜」という貴方も、和爾ヴァージョンで読んで驚いてほしい。