ジョン・コリアは難しい11(書誌錯乱の巻)

 

 
前にも一回書いたけれど、ジョン・コリアの信頼できる書誌はどこかにないものだろうか。ウェブ上のものも含めて、これまで披見しえた書誌には皆どこかしら怪しい部分がある。
たとえばこの「世界ミステリ作家事典 ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇」。この本は斯界の鬼、森俊英氏の編纂にかかるものなので、それなりの信頼性はあるといっていいだろう。
ところがこの本のジョン・コリアの項を見ると、"Green Thoughts and Other Strange Tales"なる短編集が1932年に刊行され、その中に"Mary"(わが最愛のメァリー)という短篇が収録されていることになっている。
だがこれはたぶんありえない。「わが最愛のメァリー」には「せいぜいシャーリー・テンプルぐらいのもんでしょう」という文章があるが(サンリオSF文庫版p.166)、シャーリー・テンプルが有名になったのは1934年以降のことだから。

可能性は三つ考えられる。

  1. "Green Thoughts and Other Strange Tales"なる短編集は1932年より後に出た。
  2. "Green Thoughts and Other Strange Tales"なる短編集は1932年に出たが、その1932年版には「わが最愛のメァリー」は収録されていない。
  3. "Green Thoughts and Other Strange Tales"なる短編集は1932年に出て、その版に「わが最愛のメァリー」は収録されているが、その「わが最愛のメァリー」の本文は現在流布しているものとは異なる。


どの可能性もがあり得るが、第一の可能性は低いと思う。なぜなら書誌の前文では「……コリアは短編集Green Thoughts and Other Strange Tales(1932)を発表する。これが高い評価を受けたことで、彼の小説家としての地位は確立されたのである。」と書かれているから。
何の根拠もなしにこういうことを書くわけはないし、二度も「1932」のところを誤植するはずもないので、"Green Thoughts and Other Strange Tales"なる短編集が1932年に出たのはたぶんまあ確かなのだろう。もっとも古書店のカタログではいまだにお目にかかったことはないけれど……*1
それに比べると第二・第三の可能性は十分あり得る話だ。第二の可能性について言えば"Fancies and Goodnights"には少なくとも二種類の収録作品の違う版がある(これについてはUSアマゾン書評子のIan Myles Slaterという人が警告を放っている)。第三の可能性については以前この日記で書いた。

*1:ちなみに"Green Thoughts"という本なら確かに1932年に出ている。この本なら拙豚自身が持っているので100%確実だ。ただしこれは表題となった短篇一作だけを収録した挿絵入り限定版であって「短編集」ではない