脅迫しない脅迫者の謎

 
こういう本を読むと「やはり英国ミステリはいいなあ」と思う。なにしろ謎がコテコテに盛られているから。それでいて物語はゆったりと流れ停滞しないから。

弁護士が顧客セスリーの命をうけて田舎町ウォンドルズ・パーヴァに赴くと、従兄弟のジムと称する明らかに挙動不審の男が出てきて、セスリーは朝早くアメリカに発ったという。そんなはずはないと弁護士が突っ込むと、ジムはしどろもどろになる。

そのジムが夜中に人目を忍ぶように鍬を持って森へ行くのを、たまたま同家に滞在していた十五歳の少年オーブリーが見つけ後を追う。隠れて様子を見ていると、なんとジムは人一人埋められるくらいの大きな穴を掘り始めたではないか。

その翌日、肉屋の精肉部屋で鉤に吊るされた首なし死体が発見される。それも鍵がなければ入れないはずの部屋で。切り取られた頭はどこにも見つからない。

少しして崖の穴から頭蓋骨が発見される。発見者の話によると顎に草が生えていたというから、かなり古いものに違いない。だから少なくともセスリー氏失踪や首なし死体とは関係ないはずだ……と誰もが思ったのだが、あるアマチュア芸術家が粘土で復顔するとセスリーそっくりの顔が現れたではないか。しかもすぐに、頭蓋骨は何者かに持ち去られ、代わりに粘土のなかにココナツが入っていた!

ここで都筑道夫の口真似をして言うと、「首なし死体の正体がセスリーなのかは、まだよく分からない。しかしジムが犯人ということにはならないはずだ。ジムが犯人とすれば作者はよほどのサプライズを用意しているに違いない。しかしそれにしてもジムの態度はおかしい。それはなぜか? こういった興味がわいてきて、辻褄のあうところを見たくなるわけです」(このくだりは都筑道夫一流の名調子なので思わず暗記してしまった)


しかし真に魅力的な謎は、実は100ページ目くらいにあらわれる。セスリーの書斎を調べていた警察は、やがてセスリーが何人もの人間の弱みを握っていることを発見する。それらの秘密の中には、もしそれが明るみに出ると、当事者は死刑にならざるを得ないものさえあった。セスリーが殺されたとするとこれは強力な動機になる、と思った警察はそれら秘密の持ち主に聞き込みを始めるが、アラアラ不思議、それらの人たちはセスリーに恐喝なぞされておらず、それどころか、自分の秘密が他人に知られていることさえ知らなかった。

脅迫しない脅迫者――このアイデアは素敵だ。ミステリ的な謎に加えて、いったいセスリーとはどんな奴なんだ、という人間的な興味もわいてくるではないか。

ということでただいま150ページあたりを読書中。先を読むのが惜しい。これでくだらない結末だったらちょっと怒るかもしれない。