フィレンツェへ逃れる同性愛者たち

  
イタリアつながりでもう一冊。わずか180ページの瀟洒な本だが、中身は外見とウラハラにどろどろに濃い。こういうのは先入感なしに読んだほうが確実に楽しめるとは思う。しかしあえて内容はどんなものかばらすと、まだイギリスで同性愛が違法だった頃に、本国の弾圧を逃れフィレンツェにやってきた一群の文学者たちの(擬似)コロニーを、「繊細にして悩ましく」描いたエッセイだ。こういう、土地の精霊(Genius Loci)とそこに住む人間たちが絡んではじめて成立する世界を描く、という手法はすでに一つの文藝ジャンルになっている。とりあえず思い浮かぶのは中井英夫も言及していた近藤富枝「田端文士村 (中公文庫)」だが、よく考えればまだまだあるだろう。

この本にもたくさんの文学者たちが登場する。メアリ・マッカーシー、スコット・モンクリフ、ハロルド・アクトン、ヘンリー・ジェイムズ、ロナルド・ファーバンク、ウィーダ、オズバート・シットウェル、ヴァーノン・リー、E.M.フォースター、ウォルター・ペーター、バーナード・ベレンソン、etc、etc……。著者は相当の本好きらしく、濛濛と立ち込める書薀の気配はただごとではない。五十部しか印刷されなかったというスコット・モンクリフ十八歳の若書き"Evensong and Morwe Song"まで読んでいる。しかしこの若書きがフェラチオの話っていうのは本当なのだろうか?

出版社はおろか翻訳者にさえこの本の真価が分ってなさそうなのが、なんとなく歯がゆい一冊。このWriter & Cityシリーズで別の本を担当している柿沼瑛子さんに訳してもらいたかった、という気もちょっとだけする。

このシリーズでは最近ジョン・バンヴィルの「プラハ」が出た。

いくらなんでもこれなら少しは話題になるだろう。それにつられて「フィレンツェ」の方も注目されてほしいものである。

そういえばフランシス・キングの「家畜」も少し前に出た。訳者は以前郡虎彦の英文戯曲を翻訳した人。これもその筋(ってどの筋?)の人は必読だ!……と思うけれども実はまだ途中までしか読んでない。読了したらまた何か書きます。