Solid State Survivor

(注意:ストーリーには触れてませんが、わずかにネタバレ気味です。先入観なしに読みたい方は以下を見ないほうがいいかもしれません)

 安眠練炭さんが本年度このミスベスト10入りを確信する作品*1。いろいろあってやっと今日読み終わった。

 ハードボイルド(というか、正確に言えば失踪人捜索小説)のフォーマットに極めて忠実な作品である。どういうことかと言えば、作の半ばまでは退屈な捜索話が続くが、手がかりの連鎖によってじわじわとサスペンスが高まっていき、やがて探偵役に(必ずしも論理的でない)閃きが訪れる。そしてわずかなタメの後で語られる、心臓を鷲づかみにされるような真相。本格にありがちなくだくだしい推理の検証など一切無く、潔く閉じられる幕。つまり、よくできた失踪人捜索小説の面白さは、語り口のうまい怪談のそれに似通っている。ハードボイルドは碌に読んでない拙豚の言うことだからアテにはならないが。それはともかく、この作品はそういったフォーマットに忠実である――最後の一ページを除いては。といっても、せこいどんでん返しがあるわけではない。

 ミステリ・フロンティアの前作「さよなら妖精」は、「別世界から来た美少女」というアニメなどでありがちなモチーフに、見事にリアリティの衣を着せて(あるいはリアリティと共振させて)、現実をも告発しうる、米澤ワールドともいうべき世界を作り出すことに成功していた。それと同様に、本作でも核になっているのは「非人間的な敵との一騎打ち」という、やはりアニメ的なモチーフだ。そして今回の米澤マジックは、戦国時代の文書と主人公の心情を重ね合わせるところに発揮される。――一見無関係に見えた二つの事件が、実はつながりあっていたというのは、ありふれたプロットだけれども、本作の場合は、その二つのプロット(現実の事件と古文書)が言わば実存的に共振しあっている。

 それにしても「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」でも感じたことだが、こうした若い世代の作品を読んで感慨深いのは、彼らが社会への、あるいは人間性への信頼を無くしていることだ。作中の言葉で言えば、最後に強烈なテーマとなって響くところの「自分で自分を守らねばならない(p.307)」ということ。あるいは「砂糖菓子」の言葉で言えば「サバイバー」たらんとする意志。この点では、上の世代は、どこか甘えがある(たかをくくっている)ような気がする――新たなリアリティに目を見開いている者(=現代に戦国時代を幻視する眼)との差を感じる。

 それから最後に明らかにされる犯行の脆さ――消息を絶った被害者に警察が目をつければ最後、一瞬にして暴露されるような杜撰な犯行――はこの作品の場合、けっして傷になってないと思う。加害者は完全犯罪を目指した(と、少なくとも探偵役は考えている)にもかかわらず、それはとても脆いものであったということ――この作品の場合、それはまさしくそうであらねばならぬと思った。

 

*1:もっともこうした読了直後の感銘は長続きするとは限らない。乱歩だって後で頭を冷やして「幻の女」を自分のベスト10から外したことだし。