独仏幻想ミステリ逍遙(3)エルンスト・ユンガー『危険な出会い』

puhipuhi2005-04-25

 
 第三ファントマ(a.k.a.ヨーイチ)さんから教えてもらったエルンスト・ユンガーが1985年、御年90歳のときに書いた探偵小説である。舞台は19世紀末のパリ。海峡を隔てたロンドンで、切り裂きジャックが世間を騒がせていたとあるから、1888年の話なのだろう。夢見がちな昼行灯青年ゲルハルトは、ふとした機会に老残のダンディ、レオン・デュカスと知り合いになる。レストランで会食のおり、ゲルハルトが伯爵夫人イレーヌ・カルガネの美しさに眼を奪われているのを見たデュカスは、こいつらをくっつけてやろうと心に決める。彼は道ならぬ関係を自ら作り出しては楽しむスキャンダル愛好家であった。

 デュカスはゲルハルトの名で伯爵夫人に花束を贈り、二人が密会用ホテル「金の鐘」で会う手はずを整える。ホテルの一室に落ち着いた二人は手に手をとって親密な雰囲気に浸っていたが、急に伯爵夫人はゲルハルトの手を振り解きドアを指した。ドアの上部は磨りガラスになっていたのだが、そこに人の顔がベッタリと張り付いて中を覗き込んでいるではないか。驚いてドアに近寄ったゲルハルトの耳に、廊下で誰かが含み笑う声、ダンスをしているような足音、「いや、放して」と懇願する声、次いで金切り声が聞こえた。彼がドアの閂をはずすと、ドアはひとりでに開いた――外からドアにもたれかかっていた死体の重みで。被害者はバレリーナのリアンヌ・デラ・ローサだった。切り裂きジャックがパリにやってきたのか? と色めき立った警察はさっそく捜査を開始する……。

 一読してミステリーとしての結構が整っているのには驚いた。何しろ現場は準密室だし、ミスディレクションめいたものもあるし、何より犯人が意外な人物だ。ただ1985年の作品にしてはいかにも古い。もしかしたら作者はガボリオかA.K.グリーンのパステーシュを書いたつもりなのかもしれない。しかし、いささか煩わしい作者自身の注釈を挟みながら、上流社会の風俗を背景に、知的な描写とともに古風な物語が悠々と展開されるさまは三島由紀夫のある種の作品を連想させて、読後感は悪くない。

 ――しかし、あのユンガーがなぜこんなものを書いたのかという謎は残る――彼は晩年には、ポール・レオトーの日記の翻訳とか結構不思議な仕事をしている。いやまあそれ以前から謎な人ではあるのだけれど。