ミーラン・ドゥブロヴィッチ『歴史の横領』

歴史の横領―サロンと文学カフェから眺めた両大戦間期およびナチス体制下のウィーン

歴史の横領―サロンと文学カフェから眺めた両大戦間期およびナチス体制下のウィーン

 
訳題が凄いし、著者名もスラブ風で鬱陶しいし、値段も4,000円(税別)だし、装丁はスカしているしで、もう全身で「オレを買ってくれるな!」と主張しているような本ではあるけれど、そういった外面を一皮剥くと滅法楽しい読み物が出てくる。これは、たとえばエーゴン・フリーデルの『近代文化史』がそうであったような、逸話の連鎖によって一時代を語るという、かの地方の人たちのお家芸が最高度に発揮されている回想録だ。取り扱われている時代は第一次大戦の終了からヒトラーの占領下にあった第二次世界大戦終了の直前(1944年)まで。このオーストリア人にとって最も悲惨だった時期を自ら体験した一ジャーナリストが1985年に書き下ろしたのが本書である。
実際、ツヴァイクの『昨日の世界』など読むと、文学者たちにとってこの時代のオーストリアは相当過酷であったことがわかる。しかし本書はそういった過酷さを生では感じさせない。著者のギャグセンス――といって悪ければ喜劇的精神が救いとなっているのだ。例えば前線送りを逃れるために40度の熱を出す注射を打ってもらうレルネット=ホレーニア(p.270)とか、ナチス幹部たちに深夜イタ電をかけまくる楽団長シュタインブレッヒャー(p.256)とか、空襲で半壊になった住居で悠然とサロン的会話に興じるルドルフ・カスナー(p.243)――このカスナーの態度はちょっと中井英夫『他人の夢』のヒロイン杏子を思わせるところがある――とかのくだりを読んでみるがいい。
一方辛辣な人間観察にも事欠かない。例えば前川道介氏による『第三の魔弾』の解説では、「ペルッツとよく似た幻想的犯罪小説を書いていたオットー・ゾイカとは無二の親友でありながら、会うと互いの近作を口をきわめて酷評しあうのが常でした(p.312)」ときれいごとで描写されているペルッツとゾイカの「友情」も、著者に語らせると次のようになる:

……ライバルだったオットー・ゾイカとの文字通りの衝突で、つとにペルツは男を上げていた。彼は間髪入れずに、狙いたがわずゾイカに一発平手打ちを食わせたことがあった。
 ゾイカとのいがみ合いは「カフェ・ヘレンホーフ」の常連のほぼ全員が加わったあるゲームに原因があった。人相学的に観察するなら、およそどんな人間もなにかしらの動物に似ている、と誰かが断定したのがそもそもことの始まりだった。それならば、どんな種類の動物に見えるかたがいに言い当ててみよう、ということになった。その遊びが終わってから、「ゾイカはペルツという動物に、ペルツはゾイカという名の動物に似ている」という穿った寸言が「ヘレンホーフ」で広まった。
この文句の原作者は文学上の不倶戴天の敵ゾイカに違いない、とペルツは考え、彼のところにすっとんでいき、横っ面をぴしゃりと張り飛ばしたのだった。ボーイが喧嘩早い二人をやっとのことで引き離した。(p.143)