『松本恵子探偵小説選』

 
「何でも思ったまま口にしたり行動したりする」「一人で旅立たせたらどんな頓狂な真似をするか知れない」オテンバの故をもって「ケイスケ」と呼ばれていた*1松本恵子の傑作選である。ほとんど「はいからさんが通る」の世界である。例えばこんな感じ:

私が白いレインコートを着て、白い雨靴をはいて出かけると不思議に雨があがってしまって陽がさしはじめ、銀座なんか歩くのが、はずかしいようなことになってしまう。といって、家を出るときに現に降っている雨を無視するわけにもいかない。(「雨」p.126)

あるいは

「僕はアイスクリームを貰います」/「それじゃアイスクリーム五つに珈琲一つ!」/「あの、僕は珈琲だけでいいんです」/「いやな人! アイスクリーム三つは私が食べるのよ」
三つのアイスクリームは、驚くべき速度で万里子の唇に消えてしまった。
「さアこれでいい。では要件に取りかかりましょう[…] (赤い帽子 p.99)

探偵小説の中では異様な犯行動機(笑)を扱った「白い手」がベストだと思いました。随筆では、武林無想庵を簡素なスケッチで鮮やかに捉えた「鼠が食べてしまった原稿」が素晴らしかった。最後の一行は事実なのだろうが、いかにも無想庵らしくあまりに出来すぎているのがおかしい。

*1:実際、夫君の松本泰の雑誌では「中野圭介」の筆名を使っていた