『学校の事件』(倉阪鬼一郎) ISBN:4344003616


待望の「事件」シリーズ第三作である。今回の舞台は「青山県の辺境に位置する吹上盆地」にある吹上市。前二作と異なり、すべての「事件」はこの吹上市の中学や高校を巡って、新学期から春休みにいたる一年のうちに、微妙にもつれ合いながら展開する。その結果、作品世界はより閉塞的に、そして作者の目線はより俯瞰的になっていると言えよう。つまり、前二作では個々短編が個人の狂気のうちで完結していたのに対し、今回は一冊全体を通して、吹上市が、まる一年の間、伝染性ともいえる狂気に覆われるのである。
もう一つ前二作と異なるのは、一連の「事件」の背後に超自然的なものがほのめかされている点だ。一連の事件はこの地に落ち延びて憤死した吹上皇子の没後ちょうど千五百年目に起きたことになっている。また、事件のクライマックスには二度ほど謎の赤い火の玉が登場する。
この点で、この作品は倉阪氏の他の純粋ホラー作品により近い気がする。つまり、この火の玉は、他の倉阪作品にもたびたび登場しているアレではないか。例えば『ブラッド』の最後に出てくるものとか、『サイト』に出てくる赤いプリズムとかはこの火の玉の親戚であろうと思う。もしかしたら前作『不可解な事件』の最後の最後に出てきたものもこれと関係があるのかもしれない。これらはおそらくはこの世界を統べている超越的なものであり、その邪悪な神性は、拙豚にグノーシスの「悪しき創造主」デミウルゴスを連想させる。

「…創世記に記されていることを言ってやろう。おまえは忘れているだろうからな。『神言給いけるは我らにかたどりて我らのかたちの如くに我ら人を造りこれに海の魚と空の鳥と家畜と全地と地に這う所のすべての昆虫を治めんと』だ」
「知っています。しかしそれは創造の神性であって、真の神ではありません」
「何だと」
「それはヤルダバオトです。盲目の神サマエルと呼ばれることもあります。錯乱しているのです」
「いったい何をしゃべっているんだ」
ヤルダバオトはプロレーマから堕ちたソフィアが産み落とした怪物です。自分を唯一の神と想像しますが、それは間違いです。それがヤルダバオトの問題なんです。ヤルダバオトはわれわれの世界を創造しましたが、盲目のために、その仕事をやりそこないます。[…]創造の神性が狂っているかもしれないから、宇宙は狂っているんです。われわれが混沌として経験するものは実際には非理性なんです。混沌と非理性は別のものです」 (『ヴァリスサンリオ文庫版pp.123-126)

この世界が非理性(狂気)の造物主によって創造されたのであるならば、造物主に近づく道は狂気以外にありえない。ちょうどこの作品の堂島俊太郎や雨宮天一郎がたどった道のように。そして、彼等が仮に造物主にたどりつくことができたとしても、そこにあるのは狂気以外の何ものでもないのだ。