『エリアーデ幻想小説全集Ⅰ 1936-1955』(住谷春也編) ISBN:4878935146


ついに出た! これを快挙といわずして何といおうか。
この第I巻では、長編の初訳は「蛇」のみ(ちょっとさびしい)。他はすでに単行本のある「令嬢クリスティナ」「ホーニヒベルガー博士の秘密」「セランポーレの夜」。それらに加えて、われらがマタドール小林泰三氏の『AΩ』ISBN:4048732978ンクロしている巨人譚「大物」を始めとする短編四編が収録されている。
今までエリアーデの小説は、マッケンの初期作品のような「見えている人」が書いた小説かと思っていた。しかし今日改めて読んでみるとそれはたぶん間違いだ。より正確に言えば「見えてはいないが、その存在を常に感じている人」みたいな感じか。それを「常に感じている」せいか、一種の安心感めいたものがあって、例えば「マダム・エドワルダ」のような、文章の力によって自らの神秘体験を再構成してやろうといった衝動に欠けている。マンディアルグ「大理石」のような、イニシエーションの実況中継をしてやろうといった気迫にも欠けている。そこらが物足りないと言えば物足りない。
特に「蛇」は、言ってみればエリアーデ脳天気時代に書かれた作品であり、娑婆と異界とが緊張感なく連続している、ある種水木しげる的な世界で物語が展開する。後年の「ムントゥリャサ通りで」で見られる、幻想と現実の厳しい対峙はまだない。(この項続く)