銀の弾丸

…私はボソリとそう呟くと、部屋を出ようとした。そして……そいつに気がついたのだ。"クトゥルフ"だ。
 
織子の死を悼むため、"クトゥルフ"がこの世につかの間姿を見せたのだ。
 
"クトゥルフ"の形を見ることはできない。無定形な存在なのだ。ある種の霊気に似ている。存在を知覚はできても、人間の網膜には像を結ばないのである。
 
が、"クトゥルフ"がこの上もなく、美しく、純粋な存在であることだけは感じられた。織子の死を悼む気持ちが、清冽な流れのように直裁にこちらの胸に伝わってくる。"クトゥルフ"を前にすると、荒らいだ人間の気持ちは安らぎ、憩わずにはいられないのだ。
 
そうなのだ。"クトゥルフ"こそ、あらゆる民族が共通して持つ、天使の具現に他ならないのだ。
 
・・・
 
気がついてみると、"クトゥルフ"の気配は部屋から消えていた。視線で織子に最後の別れを告げると、私はふらつきながら部屋を離れた。(山田正紀『銀の弾丸』)