『天才建築家ブルネレスキ―フィレンツェ・花のドームはいかにして建設されたか』

 『謎の蔵書票』のロス・キングの二冊目の翻訳。てっきりは小説とばかり思って最後まで読んだが、解説を見るとノンフィクションだった。どうりで何か違和感があると思った!

 癖のある一人の天才建築家がサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドームを完成するまでの一部始終を描いた本。著者の親切な配慮のせいで、ルネサンス時代のイタリアについて何ら予備知識なく読める点が大助かり。見たことがないが「プロジェクトX」という番組はあるいはこんな感じなのかも知れぬ。

 ドームの工法や建築の難所が図入りでえらく詳細に描写されていて、ある意味オタク臭が漂いまくっており。この本の真の主人公は建築家ブルネレスキなのかそれとも大聖堂なのかはにわかには判別しがたい。その意味では先日触れたユイスマンス『大伽藍』と一脈通づる。ただ、ここには宗教的静謐さとか敬虔性とか瞑想などは微塵もない。ここでは大聖堂は単なる一建築物にすぎない。その意味では文系というよりは理系(工学系)読み物とも言えるが、ドーム建設の試行錯誤が、ブルネレスキのえぐい性格やライバルたちの策動とともにドキュメンタリー・タッチで描写されていくので、退屈感はない。迫力ある読み物になっている。

 原題はBrunelleschi's Dome: How a Renaissance Genius Reinvented Architecture という。この "Reinvented(再発明した)"という語は訳題では省略されているが、わりと重要な勘所だと思う。というのはブルネレスキは20代半ばから10年以上、古代ローマ帝国の遺跡調査に携わったとされていて、ブルネレスキの独創的なドーム工法は、古代ローマの遺跡からパクったのではないかと推測されているから。ルネサンス(古代復興)の精神はこんなところにも息づいている。

 さるにてもブルネレスキはダヴィンチ級の万能の天才だ。何しろドームの工法のみならず、建築資材を天高く持ち上げる巻上機や、大理石を産地からフィレンツェまで運ぶ専用船まで自分で「発明」してしまうのだから! あと、ブルネレスキが初めて本格的に使ったと言われる透視図法の話や、発明を盗まれないようにするための暗号記法の話なども面白かった。田辺希久子氏の翻訳も読みやすくていい。